ご褒美は唇にちょうだい
『困らせるのが好きなんですか?』


私はくるりと背を向け言った。

飲まれるはずがない。しかし、要注意だ。
小鍛冶奏の輝きに主役が飲まれてしまっては、ドラマのバランスが崩れる。

顔だけ振り向かせて、小鍛冶演じる”田宮政助”を見つめる。


『じゃあ、私は政助さんと呼ばなければいけないですね』


恋する女の顔をして、ふわりと微笑むと、空気が私に流れてくるのを感じる。
よし、このシーンはバランスが戻った。
安堵して、私は演技に集中する。




ドラマの撮影は隙間時間が多い。
長い休憩なら楽屋に戻るけれど、短い時間なら近くで待機。特に衣装をつけていると、着崩れたりメイク崩れがないようにしなければならない。

私はスタジオから出て、廊下を進み、ホールに設置されたソファにかけた。

慌ただしく行き来するスタッフを眺め、久さんのことを考えた。
久さんは今日現場には来ない。
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