少しずつ近づきたい
「やめたら?」
「っ!」

 突然の声に驚き、同時に振り向いた。

 そこには壁に凭れかかるように石動が立っていた。

「何だよ、突然・・・・・・」
「見てわからない? 麻柄さん、行きたくないみたいだよ?」

 突然現れたので、柿堺も驚いている。

「関係ないことだろ? そもそもどうしてここに来たんだ? 仕事は? まだ終わっていないはず・・・・・・」
「大事なものをなくしたから、それを見つけに来たんだ」

 とんだ邪魔が入ったので、柿堺は不機嫌になっている。
 辺りを適当に見渡しながら、柿堺は別の場所へ行くように言う。

「ここには何もない。わかったら、さっさと出て行ってくれない?」

 しかし石動は少しも動こうとせず、こちらをじっと見ている。

「麻柄さんは見なかった? 小銭入れなんだけど・・・・・・」
「小銭入れ・・・・・・あっ!」

 それを聞いて、今朝のことを思い出した。

 急いでそれを取りに行き、石動に小銭入れを見せる。

「ひょっとして・・・・・・これのことですか?」
「そう! それ!」

 小銭入れの中には領収書も入っていて、そこには彼の名前が書いてあった。

「良かった! ありがとう!」
「いえ、私は何も・・・・・・」
「本当に助かったよ!」

 石動と話をしていると、一人取り残された柿堺が苛立ちを募らせる。

「あのさ、さっきから・・・・・・無視しないでくれる?」

 柿堺が石動を睨みつけても、彼は気にしていない様子だ。

「・・・・・・おい、何か言ったらどうなんだ?」
「・・・・・・うるさいな。麻柄さんのことをこれっぽっちも考えないくせに。大体、他の女いるくせに何一緒になろうとしているのさ。ふざけるのもいい加減にしろよ」

 石動の声がいつもより声が低くなったので、柿堺は驚いて一歩後ろに下がった。

「麻柄さんが恋人になるなんて自惚れるな。わかったら、さっさと帰れ」

 柿堺は石動に圧倒されて声が出せなくなり、そのまま帰って行った。
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