少しずつ近づきたい
「あの・・・・・・すみません、ありがとうございました」
「こちらこそ」

 互いにお礼を言った後、石動のジャケットのポケットから携帯電話の着信音が鳴ったので電話に出た。
 電話で話し終えると、石動は携帯電話をポケットにしまった。
 石動がこれからやるはずだった仕事は明日に変更になったらしい。

「あっ・・・・・・ごめん、ちょっとここで待っていて。すぐに戻るから」
「はい? あの、待つって・・・・・・」
「本当、すぐに戻るから」

 それだけ言うと、石動はエレベーターに乗ってしまった。
 いきなりどうしたのかと思っていると、彼は走って戻ってきた。

「ごめんね、待たせて。行こうか」
「あの・・・・・・」

 どこへ行くのかと思いながら彼を見ると、鞄を持っていたことに気づいた。

「どこへ行かれるのですか?」
「小銭入れを見つけてくれたお礼をしようと思って」
「そんな、いいですよ・・・・・・」

 申し訳なくて断ろうとすると、自分の腹が空腹を訴えた。

 どんなものが食べたいのか訊かれたので、行きたい場所を伝えた。

 来た場所はパン屋で買ってもらったものはかめの形をしたメロンパン。可愛らしくて、一目で気に入ったのでそれを選んだ。

「どう? 美味しい?」
「はい、美味しいです!」
「良かった」

 メロンパンを頬張っていると、石動はくすりと笑った。

「知っていた? 麻柄さんのことを異性として見ている男が数人いて、少しずつ近づきたいと思っているんだ」
「いえ、知らないです」
 
 自分が異性に好かれやすいと思ったことがないので、聞いたときは驚いた。

「麻柄さんを好きになった男、俺もその一人だから。これから覚悟しておいてね」
「え?」
「ご馳走様」

 石動はパンを食べ終わると、返却口へ向かって行った。

「早く来ないと置いて行くよ」
「ちょっと待ってください!」

 名前を呼んで追いかけると、彼は普段見せない柔らかな笑みを浮かべた。

 それを見た瞬間、心臓が跳ねて、今までで一番顔を真っ赤に染めた。
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