意地悪上司に求愛されています。(原題 レア系女史の恋愛図鑑)
「麻友、何を考えている?」
「何って……決まっているでしょ!? こんなところでキスするなんて神経疑うわ!」

 嘘だ。ここが外で人の視線があるかもだなんて、全然気にしていなかった。頭の片隅にもなかったのだから困りものだ。
 たぶん目の前の木島には分かっているはず。
 だって今の私は木島のキスに酔ってしまっているから。きっと私の目はウットリとしているに違いない。
 案の定、彼にはお見通しだったらしい。

「フフッ。キスが気持ちよくて、もっとしてほしいって思わなかった?」
「っ!」

 無言で視線を泳がせる。肯定している証拠だと思われても仕方がない行動をしてしまう。
 動揺している自分に叱咤するが、直ったかどうかは不明だ。
 戸惑って挙動不審の私の腰を抱いたまま、木島は私の耳元で囁いた。

「麻友」
「何よ」
「ホテルはキャンセルして、うちに来ないか」
「う、う、うちって……もしかして」

 それ以上は聞けない。
 木島が『うち』というのは、きっと彼の生活スペースのことだ。
 晴れて彼氏彼女となった今、彼の部屋に足を踏むこむというは……そういうことになる覚悟は持っていなくてはいけない。
 真っ赤になって慌てる私に木島は艶っぽい笑みを浮かべる。
 
「麻友を抱きしめたい」

 直球だった。時間が止まった、私の中で、間違いなく。
 頭の中が真っ白になる。こんなふうに何も考えられなくなるだなんて、今までの私の人生の中であっただろうか。
 ハッと気が付いたときには、もうすぐで唇が触れてしまう距離で木島は私の顔を見つめていた。

「麻友を抱かないうちは日本には帰さないよ? 心だけじゃなくて、すべてが欲しいから」
「き、き……木島さ……ん」

 唇が震える。恐れからなのか、それとも高揚からか。
 ギュッと唇を噛みしめ、虚勢を張る。
 木島には何もかもお見通しだ。
 私が恋愛に疎く、今までに恋というものをしたことがないことも。
 もちろん想いが通い合ったあとに起こりうる、恋人同士のあれやこれも経験はない。
 さっき自分からも申告したし、木島だってわかっているはずだ。
 それに先ほど「初心者コースで進める」と言ってくれたばかりなのに。
 私は大いに反論する。

「ちょっと待ってよ、木島さん。さっき初心者コースで進んでくれるって言っていたわよね? あの約束はどこにいってしまったのよ」
「麻友? でも俺はペースは速いって言っておいたけど?」
「ペース、速すぎるわよ!」

 ほんの数分前に想いを確認したばかりだ。
 デートなどをして想いを深くすることもせず、いきなりそんな話ってあるだろうか。
 ギャンギャンと抗議する私に木島は涼しげな表情で言い切る。

「じゃあ結婚してくれるか?」
「はぁ!?」
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