意地悪上司に求愛されています。(原題 レア系女史の恋愛図鑑)
21 キスのうんちく?
「ねぇ、木島さん」
「どうした? 麻友」

 NYのとある公園。そこで現地の方々より熱烈というか、歓喜というか……そんな出迎えをされたあと。やっと静かになった公園を木島とゆっくりと歩く。
 木島に仕事を抜け出して大丈夫なのか、と聞けば、シレッとした顔で言う。

「今日から3日間。有休を取ったから大丈夫」

 ずっと一緒にいよう、と甘ったるい声で囁かれたら堪らない。
 恥ずかしさを誤魔化してそっぽを向く私を、木島は嬉しそうに笑った。
 それにしても心臓の音がすごくうるさい。
 先ほど確信した恋というヤツのせいなのだろうか。
 気持ちが通じ合ったということも胸の高鳴りの要因ではあるが、もう一つ大きな要因がある。
 チラッと自分の手を見て、再び頬が熱くなった。
 木島と手を繋いでいる。その実感を再び感じてしまう。
慌てて首を横に振って恥ずかしさを吹き飛ばそうとするが、そんなことで吹き飛ぶようなら初めから恥ずかしくなんてならないだろう。
 麻友? ともう一度木島が私の名前を呼ぶ。
 彼の声で、それもこんなに間近で手も繋がれていて……この状況で名前を呼ばれてしまったら身体中が熱くなってしまうじゃないか。
 こんな感覚を体験することになったのは、今現在私の手をキュッと優しく握っている木島のせいである。
 今、返事をしたら声が緊張で上擦ってしまうのは目に見えている。
 だからこそ返事をしないのに、木島はしつこい。
 麻友、と耳をくすぐる優しい声色で言われたら、顔が赤くなってしまうから本当にやめてもらいたい。
 何度も私の名前を呼ぶ木島に、「なによ?」と可愛げのない返事をする。
 ごめん、木島さん。これが今できる精一杯の返事だ。
 そんな私の切実な心の叫びを聞き取ったのか。
 背の高い木島を見上げると、突然唇に柔らかい感触を感じた。

「麻友、キスは目を閉じようか」
「あの……木島さん?」
「目を閉じた方が何故いいかというとね。唇の感触だとか、息づかいなんかをより感じることができるというか……」
「ちょっと! 木島さん!」
 
 今はキスについてのうんちくはどうでもいい。
 私が知りたいのは、どうしてキスをしたのかということ。それも突然に、断りもなく。
 そう木島に抗議すると、きょとんとした様子で彼は私を見つめてきた。
 
「麻友のことが好きだから」
「な!」
「麻友が可愛いから」
「っ!」
「彼女にキスして何か悪いことでも?」
「!」

 最後は開き直った。あまりの言いぐさに言葉を無くした私は、再び木島のキス攻撃を受けるはめになった。
 だが、むしろもっとしてほしいと思う日がくるだなんて。
 人生本当にわからないものだ。

< 111 / 131 >

この作品をシェア

pagetop