意地悪上司に求愛されています。(原題 レア系女史の恋愛図鑑)
「ど、ど、どうして……ここにいるのよ?」

 始めは幻想かと思った。だけど、目の前にいる人物は私の目の前でほほ笑んでいる。 間違いない、木島健人だ。
 しかし、彼はNYにいたはず。それなのに、どうして日本にいて、私の目の前にいるのだろう。
 驚いて口をぽっかり開けている私を見て、木島はどこか嬉しそうに笑った。

「驚いた?」
「驚いたわよ!」

 間髪入れずに返事をする私を見て、ますます笑みを深くする木島。
 いやいや、笑っていないでこの状況を説明してほしい。
 ムッと表情を尖らせた私に、木島は携帯を取り出した。

「今夜空けておくように伝えたはずだけど?」
「聞いているわ」
「残業するなって伝えたけど?」
「してないわよ」
「十五分オーバー」
「は!? それぐらい許容範囲でしょ!?」
「残業は残業。キッチリ時間内に終えるのも大切だぞ」
「っ!」

 悔しくてフンと鼻を鳴らした私の頭を、木島はゆっくりと撫でてきた。
 木島に触れられる安心感、それと同時に鼓動が速くなるのには困ってしまう。
 抵抗もせず木島に頭を撫でられ続ける私だったが、辺りを見回して慌てて仰け反った。
 営業事業部の皆が見守るように私たちを見つめているのに気が付いたからだ。
 あわわ、と奇声を上げる私を余所に、課の皆は言いたい放題である。

「ちょっと菊池さんのあの幸せそうな顔!」
「頬を真っ赤にさせて、あれはもう乙女の表情よね」
「それに木島さんの鼻の下、伸びきってない?」
「本当だ。もう主任のこと好きすぎて困るみたいな表情だよな!」

 本当に言いたい放題である。
 苦言しようかと思ったのだが、木島の次の行動のせいで口を噤むしかなくなった。

「そう。麻友のこと好きすぎてどうにかなりそうだから仕方がないよな」
「っ!!」

 絶句だ。私は何も言えない。
 それは周りの営業事業部の面々も同じようで、口をあんぐりと開けている。
 シンと静まりかえったオフィスで、木島はマイペースに笑う。

「あと、これから菊池主任を連れて行っちゃうけど、仕事で何か質問しておきたいことは?」
「特にありません!」

 木島がグルリと面々を見回すと、いち早く気を取り直した茅野さんが手を挙げて返事をした。
 木島は茅野さんにもう一度念を押す。

「じゃあ、主任は俺が連れて行っちゃって構わない?」
「どうぞ! 煮るなり焼くなりお好きにどうぞです~」

 ちょっと茅野さん、貴方木島に私を売ったわね。
 ギロリと彼女を睨み付けたが、相変わらずどこ吹く風だ。
 仕事面では私を慕う茅野さんだが、ことプライベートが絡むとなぜか上から視線になるのだ。
 茅野さんにひと言物申す、と口を開きかけたのだが、木島が私を制止させた。

「じゃあ茅野さんに聞くよ。君の大好きな菊池主任。日本から連れ出してもいいだろうか?」
「え……?」

 再び静かになるオフィス内。目を見開く茅野さんだが、私だって充分驚いている。
 微妙な雰囲気になったのを見て、木島は小さく嘆息した。

「この話はまた今度。とりあえず今日は麻友を連れて行くから」

 じゃあ、と木島は営業事業部の皆に挨拶をすると、私の手を握り、そのままオフィスの外へと出た。
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