意地悪上司に求愛されています。(原題 レア系女史の恋愛図鑑)

(別に、木島がいたって、こうなることはわかっていたんだから)

 往生際の悪い自分に苦笑いしか出てこない。ギュッと辞表が入っているポケットを握りしめる。

「では、菊池君。今回のこと、詳しく話してくれるか?」
「はい」

 初めて社長に声をかけられた。それがこんな尋問でだなんて悲しすぎる。

 私は気を取り直し、そして半ば投げやりになりながら、今回の顛末を話すことにした。
 静かに聞き入っていた社長だったが、すべてを聞き終えたあと、役員を一人一人見ていく。

「今回の件、何か他に言いたいことがある者はいるか?」

 すると常務が手を挙げた。鬼の首を取ったように厭らしいほほ笑みを唇に浮かべている。

「今回の彼女のミス。これは我が社にとって大きな痛手となるものです。ここは彼女にすべての責任を負ってもらわねばならないと考えています」
「……」

 常務としては早くに私をこの会社から追い出し、息子と結婚してもらいたいと考えているのだろう。
 早々に処分を言い渡せと言わんばかりの勢いである。

 さぁ、辞表を出すタイミングが来たようだ。ポケットに忍ばせていた辞表を取りだそうとしたとき、会議室の扉を開ける音がした。

 会議室にいた面々が一斉に扉を見つめる。そこには海外事業部課長である木島が立っていた。

 それもいつもの爽やかさとはかけ離れており、よれよれの状態だ。
 身なりはいつもパリッとしていて清潔感があるのに、今の彼のスーツは皺だらけだ。
 それも無精ひげまで生やしている。

「遅くなりました。とりあえず常務、彼女の処罰の決断は私の話を聞いてからにしていただきたい」
「君っ! 無礼だろう。この場に呼んでいないのに押しかけるとはけしからん! 出て行きなさい」

 常務は厳しい声で木島を追い出そうとしたが、それを専務が止めた。

 我が社の専務は社長の息子、ゆくゆくは彼が社長職に就くともっぱらの噂の人物である。
 ベビーフェイスの下に隠れたやり手の顔。そんな人物であると評判の男である。
 
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