◆Woman blues◆
「夢輝の部屋にCD忘れてて……貰ってた合鍵は返したけど、無くした時のために作ったスペアキーを今になって思い出してさ。悪いなとは思たんだけど、部屋に上がらせてもらったんだ」

秋人はそう言うと、私に鍵を差し出した。

「…………」

僅かに頷くことしか出来ない私に、秋人は鍵を差し出したまま唇を引き結んだ。

その眼が早く鍵を受け取れと語っている。

あんなに優しく見つめてくれていた眼差しは、もうどこにもない。

照れたように『結婚してください』と言ったあの時の声も。

手が、上がらない。

やだ、こんなの。

まるで未練タラタラで、女々しく別れを嘆いているみたいじゃん。

しっかりしろ、私。

スッと手を伸ばし、鍵を受け取ったら余裕の笑みで『あらそう。じゃあ元気でね』って、一言……。

しっかりしろ、しっかりしろ、私!

その時、フワリと空気が動いた。

眼の前に太一の背中が見えたその瞬間、

「すみません。では鍵は僕がいただきます」

……え。

太一は、秋人の差し出した鍵を手に取りジーンズのポケットにしまうと、私を振り返ってニッコリと微笑んだ。

「さあ夢輝、行くよ。早く部屋で二人きりになりたい」

そう言って私の肩を抱くと、彼は私の髪に唇を寄せた。

形の良い太一の唇が髪に押し付けられた感覚と、彼の香り。
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