ドルチェ~悪戯な音色に魅せられて~
陽も暮れて十九時を過ぎた頃。
私はホテルの廊下をドスドスと歩いていた。
正確にはドスドス歩こうとしては、片足に痛みが走りぴょんと跳ねる具合だけれど。

「俺が抱いてってやろうか」
「絶対にイヤです!」
「ハハッ」
「私、怒ってるんですよ!?」
「なんで?」
「なんでって、着るもの全部隠すなんて」
「ククッ。雪だるまみたいにシーツ被って可愛いかったなー」
「っ、意地悪いことしないでくださいよ!」

私の服はおろか、ガウンまで!
シーツにくるまるしかないじゃない!

「保険だよ」
「えっ?」
「逃げられたら悲しいだろ?」
「そんな……」

そんなこと、しないのに。
ふと見せた彼の寂しそうな顔に覇気を失うと、肩を抱かれ引き寄せられた。

「名残惜しくて帰れないだろうけどさ」
「っ、かっ、帰れます!」
「無理すんなよ」

クスクスと笑う隼人さんを、すれ違う女性客が頬を染めて見ている。
そりゃあ、顔は良いからね。
……正直、私なんかじゃ、釣り合わないと思う。

隼人さんがバーの扉を開けると、私に気づいた恵理が飛びついてきた。
昂さんも出迎えてくれる。

「花音ーっ!ごめんね、ありがとね!」
「大丈夫だから気にしないで」
「花音ちゃん、昨日はごめんね」
「いえ、私こそ。お騒がせしました」

「あれ?ちょっと花音、そのドレスどうしたの?」
「あ、隼人さんが……」
「えっ!やだ、きゃーっ」
「違うから!なんか誤解して……」

着替えがないからと用意してくれたのは、清楚な白のドレスワンピース。
背中の開いたバックリボンに抵抗を感じつつ、似合うからの言葉につられて着てしまった。
それから飢えていた私のために、ホテルのレストランで少し早めのディナーを。
食前酒にキールというカクテルをいただいた。
『最高の巡り逢い』というカクテル言葉があるそう。
キザ野郎!と思いつつ、悪い気がしない私も……、呆れたものだ。

「じゃあ、可愛い花音ちゃんに~」
「昂、強いの出すなよ」
「えー?」
「足捻ったのは大半お前のせいだろーが」
「俺としてはイイコトしたと思ってるんだけど」
「あのなぁ」
「ねー?花音ちゃん、また隼人に助けてもらいたいよねー?」
「えっ!……そんなっ、こと、ないです!」
「花音、せっかく可愛い格好なんだから。少し媚びるくらいしなよ」

はっ……!!
しまった、また可愛いげのないことを。
なんだかんだ優しくしてくれたのに、こんなんじゃ愛想も尽きるよ。
ダメだなぁ、私。
不安になって隼人さんを見ると、予想外なことに笑いをこらえていた。

「んじゃ俺行くから。お前は足に負担かけないように、ソファー席にしろよ」
「あ、はい」

さらに私だけに聞こえる声で、こそっと耳打ちした。

「せっかく一日中ベッドの上にいたんだから。無駄に歩き回らないこと」
「誰のせいでっ!」
「じゃね~」

行っちゃった。

「隼人サン優しいじゃん!」
「……」
「花音のツンツンを受け入れるなんて、宇宙のように広い心!」
「隼人のツボなんだよ」
「えーっ、じゃあ昂くんのツボは?」
「それは言えな~い」
「もーっ!」

……なんで?
今までは相手の人を怒らせるだけだったのに。

言われた通りソファー席に座り、隼人さんが手当てしてくれた足首を見る。
まさか保険なんて言って、服を隠したのは私を安静にさせるため?
……かなり、やり方は強引だけど。


「わかんないよ」

本当の気持ちを確かめる呪文があればいいのに。

私は大きく息を吐き出して、しばらく優雅に鍵盤を叩く隼人さんに見とれた。
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