ドルチェ~悪戯な音色に魅せられて~
無言で歩く隼人さんの歩幅が大きくて、私は置いていかれないように必死だった。
何か考え込んでいるように見えるのは、さっきのことと関係あるのかもしれない。
聞いていいのか迷っていると、隼人さんが突然立ち止まった。

「やぁ、隼人くん」
「……こんばんは」

声をかけてきたのは、五十代くらいのダンディーなオジサン。
よく見ると昂さんに似ている。
もしかして……。

「今、行こうと思っていたんだが」
「昂はまだいますよ」
「まったく。昨日も店で問題があったそうだな?」
「すみません」
「昂もだが、隼人くんはいつまでピアノで遊んでいるんだ?」
「……」
「昂も君も。女遊びに夢中になっていないで、少しは会社のことを考えてくれ」
「そうですね」

ーーーなんで隼人さんは言い返さないの?
どうでもいいって顔してる。
長く一緒にいたわけじゃないけれど、ピアノもカクテルも生半可な気持ちでやっているのではないことくらい、私でもわかるよ。
ちゃんとお客さんのこと考えていて、それが伝わるから感動するんだよ。

「夢見なことばかりでは困るよ」
「……」

ーーーもう無理、黙ってられない。
私が一歩踏み出し口を開いたところで、隼人さんはそれを閉じ込めた。

「むぐっ」
「失礼します」

隼人さんは軽く頭を下げて、暴れる私を引きずり部屋へ戻る。
解放された私は怒りを爆発させた。

「っ文句ありありなんですけど!あの人、昂さんのお父さんでしょ?」
「ハハッ。あれに噛みつくのはお前くらいだな」
「笑いごとじゃないですよ!」
「父親だから仕方ない」
「だからって。なんで隼人さんにまであんなこと言うんですか!」

「一応、俺の父親でもある」

…………え?
二人とも同じお父さん、ってことは。

「つまり昂さんと隼人さんは兄弟!?」
「一応」
「……さっきから一応ばっかり」
「昂の父親と俺の母親、連れ子同士の再婚だから血は繋がってないんだ」
「……だから会社のこと考えてって」
「特に昂は次期社長だからね」
「あ、そっか……」
「跡取りとしてそれなりの勉強はさせられてきて、二人とも取締役になってるけど」
「えっ!隼人さんも?」
「まぁ、俺ら好き勝手やってるから。お怒りなんだわ」

はぁ……。
なんだろう私、昨日の今日で無意識のうちにちょっとだけ隼人さんの恋人面してたけど、急に罪悪感が。

「平凡な家庭の平凡な長女ですみません」
「は?」
「きっと隼人さん達が難しい本読んでる時に、私は弟達とおやつの取り合いしてたんでしょうね」
「なるほど、お前の気の強さはそうやって培われてきたのか」
「はい。さすがにウンザリです」
「アハハッ、俺は好き」
「もうっ!嘘ばっかり」
「嘘じゃないよ」

意地悪く笑っているのに、好きだなんて。
考えれば考えるほど自信がなくなっていく。

「自分で言うのも悲しいけど、どこが良いのかわからないです!」
「涙こらえて睨んでるのがいい」
「……可愛いげないじゃないですか」
「いや、俺はそれを捩じ伏せてやるのが楽しくてしょうがないの」
「酷い」
「困って泣いてる顔は格別だね」
「なんて意地悪!!」
「うん。我ながら思う」

しょうもないことを自慢げに頷く彼に、つい本音を溢した。

「本当は、優しいくせに」
「……はぁ」

隼人さんは溜め息を吐いて、私の額にゴツンと自分の額をくっつける。
至近距離で睨まれても、私も負けたくなくて睨み返した。

「俺マジでお前好きだから、俺のこと好きになってね」
「えっ!急に何をっ」

離れようとして反射的に振り上げた手を、パシッと受け止められて私は少し考える。

「花音?」
「…………かも」
「ん?」

「…………すきかも」



「お前、可愛いよ」

隼人さんは頬を染めて口を尖らせる私に、面白そうに微笑んでキスをした。
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