紳士な婚約者の育てかた
そのいち


山田志真。今年で30。実家ぐらしの独身女。

同じく独身ながらも一軒家を所有しているおばさんが手術で入院し、

その間空き家にするのは物騒だという名目で住みはじめた。

親の監視のない暮らしは最初こそ不安や混乱があったけれど

それなりに楽しく過ごせていると思う。


「……よし。今日こそは回避するぞ」

朝はそこまで苦手じゃなかったはずなのに、最近少し憂鬱。
別に日課になっている朝食作りが嫌なんじゃない、レシピ本を買って
いかに短時間におしゃれに美味しく作るかに凝っているくらい。

着替えを済ませ恐る恐る台所へ行こうとリビングを抜ける


「どうしました?そんな足音を殺すような歩き方をして」

見つかったっ

「あ、い、いえ。おはようございます…」

いつの間にか志真の真後ろに居たのは親公認の婚約者であり
同時に両親や周囲には秘密にしている同居人。
日本滞在中のアトリエとして家を利用している。

志真がコソコソする理由を分かってて言ってるに違いないんだから、

ほんと意地悪。

「……」
「む、無言で近づいて来るのは怖いのでナシと言ったはずですがっ」

見つかって動揺している志真をじーっと見つめていたかと思ったら
おもむろに近づいてきて壁へ壁へ追い詰めていく。

「朝の挨拶は基本でしょう」
「だ、だったらおはようございますでいいじゃないですか」
「志真」

もう壁に背がくっついて、それ以上は動けない。
すぐ目の前に彼の顔が来て、軽いキスをされた。

朝の挨拶はオハヨウでいいのに
何で毎回キスされるの。触れるだけのキスもあれば
たまに気分がいいのかおもいっきり吸い付かれるし。

それが彼の国流の挨拶だったとしても、

志真は日本人でもかなりウブな方なので

毎日はやめて欲しい。せめて隔週。

「……絶対絶対今度こそ知冬さんと話しあおう」

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