ハロー スプリングガール
#1
女の子は誰だって夢を見る。
素敵で、ロマンチックな、キラキラした夢。
でもそれはあくまでも『夢』。
この現実世界では到底叶いそうにないもの。
だからこそ夢を見てしまうのだけれど。


――…朝。
「今日もダメだった…」
はあ、と大きなため息をベッドでついたわたしはベッドから出てリビングへと続く階段をねぼけたまま下りる。
「おはよう、ユキ。」
「おはよ…、ママ…」
「あんたいつまでねぼけてるつもり? 今日でこの家ともお別れなんだからね?」
「…あ」
「何よ。」
ママが不思議そうな顔でわたしを見る。
「今日は引っ越しだ! わたしすっかり忘れて…! わ、わたし部屋戻る!」
荷造りは昨日済ませたでしょう?とママの声。 はあいと適当に返事をしてわたしは部屋へと駆け上がる。
今日でこの家、この街とお別れなのだ。 理由もよくあるパパが転勤とかそういうのじゃなくて。というか引っ越す理由も引っ越す先もわたしはよく知らないんだけれど。
ああ、胸がドキドキする。 新しいものは大好きだ。
どんな街でわたしはこれから過ごすのだろう。
「楽しみでしょうがないよ…!」
ママの声がする。どうやらもう出発してしまうらしい。
名残惜しさを少しだけ心に残してわたしはパパの運転する車へと乗り込んだ。


「ママ、わたし少し歩いてくるね。 夕方には帰ってくるよ。」
「もうユキったら忙しいわね、着いたばかりなのに。…いいわよ、いってらっしゃい。」
「うん、いってきますっ!」
わたしがこれから暮らす街。
車の窓から見るかぎりは素敵な街だった。 でもこういうのって自分で歩かないとわからないもの。
それに素敵な街ならいっそう自分で歩きたい。
ザアっと風の中にほんのり潮のかおりがする。
「海が近いのかな。…あ」
ふと見ると小さくてかわいいでも少し古びた駅がある。無人駅なのかな、人があまりいない。
さすがに駅員さんはいるようで、わたしは財布のなかに入れっぱなしの小銭でそう遠くない駅への切符を買った。
電車からなら海が見えるかもしれない。そう思ったのだ。
改札に切符を通し、ホームへと階段を下りる。
次の電車はいつ来るのだろう、とわたしは時刻表を指でなぞる。
「い、一時間後!?」
驚いた、ここはこんなにも田舎なのだろうか。 もといた街が都会じみていたから電車は数分おきに来るものだとばかり思っていた。
「歩いたほうが早いかなあ…」
切符を握りしめたまま、ホームの冷たい椅子に腰を下ろす。
「海、見たいし…」
春のやわらかなあたたかい日差しがわたしをホームごと照らす。
今日はなんだか疲れてしまった。引っ越し当日に出歩くんだから当然だなと思うと笑いがこぼれる。
ふわり、春の風。
無機質な冷たい椅子の上でわたしはとろりとまぶたを閉じてしまった。


カツ、と近くでした足音でわたしは飛び起きる。
わたしもしかして寝てた!? 歩き回るつもりがまさか寝てしまうなんて!
自分の行動にがっかりする。
出発したときはあんなに青くて明るかった空も今では薄暗く紫がかった色をしている。
「もう、帰らないといけないなあ」
「ふふ」
ふいにうつむいてつぶやくと笑い声が返ってきた。 驚いてわたしは顔を上げる。
すると目の前には白い肌をした赤いマフラーをした黒髪の男の人が立っていた。高校生、いや大学生ぐらいだろうか。
「あ、すみません。 笑ってしまってて… ふふっ」
きょとんとしたわたしに申し訳なさそうに笑いながら謝る男の人の顔は逆光でよく見えない。
「いっ、いえ! こんなとこで寝てたわたしが悪いんです!」
慌てて手を横に振りながらごまかすと膝から何かが落ちた。
キャラメル色のダッフルコート。
「コート…? わたしこんなの着てたっけ」
「あ、それ僕のです」
「えっ!?」
「眠りながら寒そうにくしゃみしてたので、つい。 よく眠れました?」
「おかげさまで…」
「それは良かったです」
顔が熱くなってるのが嫌でもわかる。
恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい…!
こんなとこで寝てたうえにくしゃみしてたところまで見られてコートまでかけてもらって…。
「なんかすみません…。 コート、お返しします…」
「ふふ、いいんですよ。 僕が好きでかけたんですから。 気にしないでください」
「すみません… ほんとに…」
いえいえと言いながら男の人はわたしから受け取った春にしては分厚いコートに袖を通す。
「では、わたしはこれで…」
逃げたい、できればこのまま穴に埋まってしまいたい!
そう駆け出そうとしたわたしは何者かによって掴まれた腕のせいで立ち止まる。
「待って」
「へ?」
振り返ると、先程の男の人がわたしの手首を掴んでいた。
そして少し頬を桜色に染めながらこう言った。
「一緒に歩いてもらってもいいですか。その、迷ってしまって…」
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