密星-mitsuboshi-
地上に出るための改札を抜け東京駅から外に出た

「俺の知ってる店でもいい?」

渡瀬はそう言うと飲食店が多く建ち並ぶ通りへと向かった
賑やかな通りを一本横に入ると静かな雰囲気に変わる
しばらく歩くと一軒の店前で渡瀬の足が止まった

コンクリート打ちっぱなしの外観で
入口サイドにはめ込まれてるガラスケースの中には色々な種類の日本酒や焼酎の瓶が
綺麗にディスプレイされていた
渡瀬はウッド調のオシャレな扉を押して中に入り早紀もそれに続いた

店員が案内したのは奥のテーブル席
座るとすぐに

「何にする?」

渡瀬はドリンクメニューを早紀の目の前に広げた

「わぁ…すごい種類」

早紀は冊子のようなドリンクメニューを思わず手に取り声をあげた
6ページにわたり日本酒と焼酎を中心に扱っているお酒が細かく書かれていた

「ここは珍しい酒もかなり置いてあって
 気に入ってる店
 お酒、何でもいける?」

「はい、何でも大丈夫です」

「おぉすごいね。じゃあ俺が選んでもいい?」

「お願いします」

早紀はドリンクメニューを手渡した
渡瀬は店員を呼び、メニューの中を指差して何やら確認している

「・・・はい、ございます」

「じゃそれを。グラスは2つで」

「かしこまりました。
 只今お持ちいたします」

店員はそう言うとにこやかな笑顔を作り静かに去って行った
間もなく、細身の小さなグラスが入った漆塗りの升2セットと曇りガラス色の一升瓶が運ばれてきた

(あれ?この瓶は…)

ラベルは薄ピンクのグラデーション
思ったとおり、中央には筆文字で“水歌”の文字が書かれてあった

店員は置かれた升の中のグラスに水歌を注ぎ入れ溢れてなお、グラスを受けている升の中もなみなみになるまで注いだ

渡瀬はグラスに口を近づけて一口吸って升から持ち上げた
早紀も同じようにグラスを持ち上げ、

「お疲れ」
「お疲れ様です」

2人は鳴り合わさずに乾杯をした

初めて口にした水歌は 
やわらかくほのかに甘い、
でも喉を通る時はキリっとしていて

「…美味しい」

自然にそう言葉が出てくるシロモノだった
さほど日本酒に詳しくない早紀でもこれは!と素直に感じられた
林田が熱望していたのも、なるほどよくわかる

「うん美味いね。
 店に置いてるのはかなり珍しいんだよ
 特に今の時期は手に入らないことが多いしネットでも探すのは大変だったんじゃない?」

「え?」

「探してたでしょ、水歌」

確かに林田のためにさんざん探してネットでも何件も問い合わせてやっと見つけた

「ぶつかってスマホを拾った時に水歌の画面が見えて、若い女性がネ水歌を知ってることにまず驚いた
好きなのかなと思って」

そう言って渡瀬は笑った

「あれはっ贈りものとして探してて」


「ごめんごめん、林田の誕生日プレゼントでしょ?
あとで林田が嬉しそうに言ってたからなるほどなってね
でもあの時水歌をみたおかげで飲みたくなってこの店に入荷するのを待ってたんだ」

「そうだったんですか」

「着任する前もしてからも色々忙しくて
 全然飲んでなかったから
 ゆっくり飲みたかったんだよね
 やっぱり美味しい」

早紀は本当においしそうに飲む渡瀬の顔を見て笑みがこぼれた

「私、普段焼酎ばっかり飲んでるので日本酒はあまり詳しくないんですけど、
これはホントにすごい美味しい
ちょっと林田さんの気持ちがわかりました」

「林田とは仲がいいの?」

「はい。管理部が引っ越してきてからなのでまだ2年くらいですが、
仲良がいい先輩が林田さんと仲良しで」

「へー。
 先輩っていつも一緒にいるお団子頭の?」

「そうです。林田さんと同期で。」

「そうなんだ~。林田はいいよね
 人懐っこいというか、犬みたいでつい
 構いたくなる」

犬…早紀は思わず頭の中で耳としっぽをつけた林田が浮かび笑ってしまった

渡瀬はグラスの中を飲み干して、升の中にある残りの水歌をグラスに注いだ


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