密星-mitsuboshi-
林田が自分の話を終わらせたことで、話の行き先は里緒へ向かった

「篠山課長と渡瀬課長はどうゆう
 感じでお付き合いすることになっ
 たんですか?」

と、一番年齢の若そうな女性社員がキラキラした目をして里緒を見た

まさか自分がふられると思ってなかった里緒は
少し照れながらも

「うーん、どうだったかな〜。
 ずっと一緒に仕事してたから
 当然一緒にいる時間も長くて
 毎日あーでもないこーでもないっ
 て言いあいながらでも
 大きな結果を残せた時に、
 この人ならって思ってからかな…
 それからなんとなく…
 ねっ?」

里緒は少しだけ頬を赤らめながら渡瀬の方に顔を向けた 
だが渡瀬は、向けられた里緒の顔を見ることなく、手に煙草とライターを持つと立ち上がり
なにも言わずにキッチンへと行ってしまった

その場にいたほとんどの人間が、
渡瀬が自分の馴れ初め話に照れてその場を離れたと思って疑わなかったが
里緒と林田だけは、渡瀬の顔に表情がなかったことに気がついていた

言いようのない微かな不安が、里緒の心に芽を出した

林田は自分も煙草とライターを持ち、換気扇の下にいる渡瀬の隣に並んだ

「俺も煙草いいですか?」

「…おぅ」

「…いやー、
 みんな恋バナ好きですね〜
 俺の話にあんなに食いついてく
 るとは思いませんでしたよ」

林田は苦笑いしながら白い煙をフーっと吐いた

「…お前に女がいないのが疑問
 だったけど
 そうゆうことだっか」

渡瀬はそう言うと口元だけ笑った
その表情は先ほどの無表情とは違い、いつもの渡瀬のものだった

「それで?
 相手はお前が好きなことは
 知ってんの?」

「あー、いや全然。
 俺が好きだなんて夢にも思って
 ません」

「伝える気は?」 

「とりあえず今はないです。
 一緒に飲みに行ったり、
 相談にのったり、心配したり
 それだけでも楽しいんです
 …今の関係を壊したくないだけ
 かもしれませんが」 

「まぁ、
 お前のペースでやればいいさ」

「まぁとりあえず男として見て
 もらうことが先ですかねー
 もはや先輩とすら思ってないと
 いうか、親戚の兄ちゃんくらいに
 しか思われてないですからね」

「…相手って後輩?会社の?」

「そうですよ」

「…お前が飲みに行くような
 後輩って
 もしかして…」

渡瀬は林田の想い人が誰であるか
その顔が頭の中に浮かんでしまい言葉を止めた
本当にその人物が林田の想い人なのか…
もし名前を言って林田が認めたら…
それを思うと、渡瀬はそれ以上会話を続けることができなかった

「なになに?
 男同士で何の話?」

そこへ、料理のあいた皿や空き缶などを持って里緒がキッチンへやってきて
林田の横からひょいっと顔を出した

「もしかして林田の想い人の話?」

「あぁ、まぁそんなとこです。
 じゃ俺ちょっとあっちに
 戻ってますね」

林田はそう言うと、灰皿でタバコを潰してリビングへ戻っていった

「…林田の好きな子って社内でしょ?
 あなた知ってる子?」

里緒はシンクに皿を置きスポンジに洗剤をつけた

「…俺からはなんとも言えない」

渡瀬はタバコを灰皿に押し潰すと、向きを変えて

「ねぇ!
 今度その子を誘ってご飯でも
 食べにいかない?
 恋愛はきっかけだもの。
 なんか進展するかも」

里緒は自分の思いつきに満足したように渡瀬に笑顔を向けた
だがその瞬間、

「余計なことするな!!」

渡瀬の怒鳴り声がキッチンに響いた
一瞬にして空気が張りつめ、その緊張感はリビングにまで伝わった

里緒も驚きのあまりその場に固まり息を飲んだ

だが一番驚いていたのは渡瀬だった
里緒の言葉に対し、
反射的に怒鳴っていた自分に動揺した

「え…何、どうしたの?
 そんなに気に障った?」

心配し始めた里緒から目を逸らし

「いや…。
 林田も子供じゃない。
 自分で何とかするだろ。
 
 …タバコ買ってくる」

そう言うと背中を向け、渡瀬はそのまま部屋を出て行った
玄関からドアの閉まる音だけが聞こえ
ただごとじゃない雰囲気に林田がキッチンへ入ってきた

「…どうしたんですか?
 ケンカでもしました?」

里緒はその場に立ち尽くしていたが、林田の声で気がつき、
床下からワインを取り出してリビングに戻ると

「ごめんね〜驚いたでしょう?
 いつものことだから気にしないで♪
 はいっ!とっておきのワイン♪
 飲もう!」

と明るく、ワインボトルを皆の前に差し出した
そのワインを1人の男性社員が手に取り驚喜した

「これ、
 すごい高いワインですよね?!
 開けちゃってもいいんですか?!」

「えぇ♪特別に飲みましょう」

里緒は笑顔でソムリエナイフを取り出した
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