密星-mitsuboshi-
渡瀬は近所にある公園まで歩くと、ベンチに座って煙草に火をつけた
白い煙が昇り、見上げるた空は青い
公園の時計は午後2時を指していた

「あいつ、何してるかな…」

そう呟いて
ズボンのポケットを探る
財布と煙草とライターしか見当たらない
スマホを置いてきたことに気がついた
小さく舌打ちをして溜息をつく

思いがけず知ってしまった林田の想い人

林田が悪いわけじゃない
そんなことは分かっていた

それでも
ただでさえ早紀と仲のいい林田に嫉妬を覚えていたというのに
その林田が、異性としての愛情を持った上で早紀の傍にいるのだと思うと
湧き上がる嫉妬と不安を抑えることができない

自分を慕ってくれてる部下に対して、そんな感情が湧くことが情けなかった

例え本社から追い出されようと
全て話してしまえたら…
だがそれは自分だけが楽になるための方法でしかない

渡瀬はまたひとつため息をつき
空へ登るタバコの煙を見つめていた



人数分のワイングラスに鮮やかな赤紫色のワインが注がれた

「チーズでも持ってくるね」

皆がワインに舌鼓を打っているのを見ると、里緒はそう言ってキッチンへ戻って行った
林田は、何事もなかったかのように皆に気を遣う里緒が気になり
あとを追ってキッチンへ向かった

チーズにナイフを入れ皿に盛り付ける里緒に

「里緒さん
 それ俺がやりますから
 里緒さんも一緒に飲みましょうよ」

後ろから声をかけた

「…うん。これ終わったらね」

里緒は林田の方を向くことなく答えた
居た堪れなくなった林田は

「…まったく渡瀬さんもどこまで
 タバコ買いに行ったんだか
 俺ちょっとその辺見てきますよ」

そう言って廊下に出るドアに手をかけた

「待って林田!」

里緒は林田がドアノブにかけた手を抑えた

「里緒さん?」

里緒はリビングに目をやってから

「ちょっときて」

そう言ってドアを開けて林田を廊下に押し出した
里緒は少しためらいながらも、切り出した

「ねぇ林田、
 最近渡瀬に何かあった?」

「…何かって?」

「例えば仕事上で何かあったとか
 …よく飲みに行ってる人がいる
 とか」

「…いや~詳しいことは分からない
 ですが、最近は管理部の数字もよく
 なってきてて
 大きな問題はないと思うし
 会社を出るのもいつも21時過ぎ
 だから流石にまっすぐ帰ってるん
 じゃないですか?」
 
 

「うーん、
 なんか最近様子がおかしい気がする
 前はあんなふうに怒鳴ったりしなか
 ったし
 それにね、家に帰ってない日がある
 ような気がするの」

「帰ってない?」

「そう。
 毎日夜携帯に電話するんだけど
 この最近出ない日があって、
 直接ここの家電にかけるの
 それでも出ない」

「寝てたとかで気がつかなかったん
 じゃないですか?」

「私も最初はそう思ったけど…
 でもそもそも寝てるような時間に
 かけてないの
 今までそんなこと一度もなかっ
 たから
 …何か嫌な予感がする」

「嫌な予感て…
 もしかして渡瀬さんが浮気して
 るとか?」

「…んー、どうかしら
 渡瀬に限ってそんな馬鹿なこと
 しないとは思うけど」

「いやぁ~
 あの渡瀬さんに限ってそれは…
 ……でも」

林田の頭に一瞬だけ早紀のことが浮かんだ
誕生会の時、里緒のことを話してから早紀の様子がおかしく感じたのは事実だ
しかし、だからといって何の証拠もないうえに、思い過ごしだったかもしれないことで
むやみに早紀に疑いをかけ波風を立てるわけにもいかない
林田は言いかけた言葉を飲み込んだ

「何?
 何か思い当たることでも?」

「あ、いや…
 この前飲むって言って早く帰った
 日があったなって思いましたけど
 その日は審査部の吉田課長と飲ん
 でたなって思いだして」

「あぁ、それは私も知ってるわ
 監査の件でって言ってた
 …ねぇ林田、
 少しの間でいいから渡瀬のこと
 探ってみてくれない?」

「え?!俺がですか?」

思いもよらない里緒の言葉に林田は戸惑った

「だって他に誰がいるのよ。
 林田なら渡瀬も気を許してる
 でしょ?
 ちょっと探ってみてよ?!
 ねっ?」

里緒の不安や、渡瀬の態度など気になることはあるが、
そうは言っても林田にとって信頼する上司の渡瀬を疑い、探るのは気が進まなかった

「いやー…でもそれは…」

「林田お願い
 あんたしか頼れない」

里緒は林田の両腕をつかみ、強い目を向けた

「…わ、わかりました」

結局林田は里緒の勢いに押し負けた
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