峭峻記
第二章

綺麗な花には毒がある



 ―時は、奏珂王の御代にあった。

そこは、奏国の龍州、王都貴晏(きあん)にある奏国随一の花街。

夜になり、見世の明かりが灯される。

夜になれば、一層賑わう花街。店からは賑やかな笑い声が聞こえ、外でも見物人の話し声や客引きの声が飛び交うその街に、一人の若い剣士が歩いていた。

貴晏花街は正門である龍大門(通称、大門)をくぐり表通りをまっすぐ行くと中央で十字に分かれ北には黒北門、南には赤南門がある。
三つの門は花街に入ることが出来るが、外へ出ることができるのは大門のみとされる。

大門から花街に入り中央十字路をまっすぐ突き進んだその通りには、花街の妓楼のなかでも格上の豪華絢爛な高級妓楼が建ち並ぶ。その通りの最端は袋小路になっており、そこには一際壮麗な造りの大妓楼があった。

緑の大柱や朱塗りの壁には、精巧で匠な彫刻が刻まれている。その外観の美しさと堂々たる佇まいは、見るものを圧巻させる。

その妓楼の名は、香舜楼。

貴族や高官、大店を構える大商人など、いわゆる金は捨てるほどあるというような富裕層が通い詰める、この花街一の妓楼として名高い。



「相変わらず、うるさい街だ。」

毒づきながら、その若者は香舜楼を目指して向かっていた。




 
若者は、まっすぐ表通りを進まず、
表通りから脇道に入り、少し暗い通りを進んでいく。

人で賑わう華やかな空気が嫌いなわけではない。ただ性に合わないだけ。

花街の楽しげに笑う声の中には嘘と誠が入り交じっている。
女も男も言葉巧みに相手を誘い気を引こうとする。花街の人間の大半は嘘で出来ている。その顔は笑っていても、心はそうでない。その嘘で作り込まれた完璧な笑みが、どうにも気味悪く思う。



 花街も表通りを外れれば人気も少ない。
その上、静かだ。

けれどそういう所では、妓楼で大枚払って遊ぶことが出来ない者たちが安価な値段で妓女との一夜を過ごす。

建物があったとしても狭い部屋の中を薄い御簾で仕切られただけの粗末な場所で、安い金子(きんす)で娼妓と遊ぶ者、それを外から覗き見る者、はたまた店では逢えぬ恋仲の者同士が人目を盗んで逢い引きするなど色々だ。

そんな者たちが彷徨く裏通りを通りかかった時、柄の悪い男たちと肩がぶつかった。



「んあ?おい❗待てよ小僧。ぶつかっといて謝らねーのか?」

そう言って男たちが詰め寄ってくる。
面倒だ。
そう思ってため息をついた。

「これは失礼しました。花街の自警団の方ですか。見張り番ご苦労様です。申し訳ないのですが先を急いでおりまして」
そう言って、通り過ぎようとするが、道を塞がれる。隠れていた他の男たちも現れ、前後を塞がれ囲まれる。


「待てよ。お前それで謝ってんのか?てめえ。生意気なガキがっ!大体この先にお前みたいなガキ相手にしてくれるとこなんざねぇよ。」

「それに、何だよその笠。面隠さなきゃなんねぇ理由があるのかい?怪しいな」

「ほんとーだな。もしかしたら盗人かも知れねえ。身ぐるみはがして調べねぇとな」
そう言うと、男はその若者の肩を掴み壁に叩きつける。
が、その拍子、男の表情が変わった。

「お前、女か」
外套を着ているため見た目からはわからなかったが、壁に押し付けたことによって現れた体の曲線は少年のものでなかった。

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