峭峻記

闇夜の下に芽吹く毒花




蘇芳は、迎えにきた青年と共に歩いていた。
花街の裏通りを西へ進み歩いて行けば、やたら格式高そうな門構えの妓楼にたどり着く。正面からではなく、裏手口から敷地内に入ると、庭園を抜けて妓楼の裏手戸から楼内に入って行く。

「そういえば、いつからだったかしら。私が冷月の紅天女とか呼ばれるようになったのは。」

蘇芳は、隣の涼しい顔をした青年に聞いたが返答がない。見れば、糸で綾取りをしてしている。


「ケンケン。耳垢たまって聞こえないのかしら?これでも刺して風通しよくしてあげようか。」
と言いながら蘇芳は暗器針を耳に投げ刺す。

飛んできた暗器針を青年は指で挟んで止める。

「紅士になられて間もなくじゃなかったですか?それから、いつも言ってますけどケンケンと呼ぶの止めていただけませんか?そして、妓楼の中は人目があるんですから、むやみやたらに暗器針投げないでください。(つか、仲間に向かって暗器投げんな!だいたい暗器耳の穴に刺したら、永久に聞こえなくなんだろーがっ‼)」


「そんな頃だったかしらね。あの頃のケンケンは青士たちの間で一番強いって言われてたけど、あっさり私が追い抜いて先に紅士になったんだったわね。あの時の貴方の惨めな姿は滑稽だったわ。懐かしい、いい思い出ね。」
と蘇芳は、嫌味っぽく言って青年を横目に意地悪げな笑みを浮かべる。

「(人の話まったく聞いてないじゃねーか。)えーえーそうでしたね。自慢ですか?俺より先に歴代最年少で紅士になり、更に最年少で筆頭になったことが。」

「自慢じゃないわ。事実でしょ?···ぷっ、私が紅士に上がってから、イジメっ子ケンケンの態度が一変して、あれは傑作だったわね。それからというもの···」

蘇芳とケンケンは子どもの時から琥蓮で共に生きてきた。ケンケンの方が歳上であり先輩なのだが、今では蘇芳の方が組織で立場が上だ。

琥蓮の筆頭紅士 蘇芳(すおう)

見た目は、透き通るような白い肌に艶やかな藍色の髪、珍しい紫の瞳をもつ艶麗な面立ちの(無駄に)容姿端麗な美女である。


『冷月の紅天女』なる異名をもつ彼女は齢18(推定)の女刺客。
もっとも得意とするのは剣術で、主に扱う武器は剣であるが、弓術、暗器の扱いも長けている他、大抵の武器は難なく使いこなせる。暗器においては主に、投剣、投針を用いる。

彼女の標的になった者は、確実に死に至るとされ、恐れられている。


 冷月の紅天女だなんだと恐れられている彼女だが、笑みを浮かべて楽しげに皮肉たっぷりの嫌味を言う姿を見ていると、ただただ憎々しいだけの高飛車なじゃじゃ馬小娘で、周りから恐れられていることが信じられないと思う。そしてこの普段の姿からは伝説と詠われた暗殺刺客だとは到底想像できない。



「それにしても、相変わらず嫌味な物言いをするのが好きですねぇ。その生意気で高飛車な性格と口の悪さが直れば、美人が際立って格も上がるというものですけど?」

そう、顔だけは、無駄にいい女なのだ。
ただ性格がねじ曲がっている。毒吐きまくって人をコケにしてイジメ抜いている性悪女だ。性格が良ければ、文句なしの容姿端麗な才色兼備だというのに。

 
「あら!ケンケンは私を美人だと思っていたんだ?それは感心ね。てっきり目はヤニたまって腐ってるのかと思ってた。でも、口の悪さはあんたも同じでしょ。それに言うでしょ?綺麗な花には棘があるって。」

「いちいち腹立つこと言いますね、貴女は。棘というか実際、毒付きの刺(トゲ)をたんまりとお持ちでいらっしゃいますよね。懐に。ところで普段戦闘には使わないらしいですけど、無駄に多く暗器忍ばせているのは何故なんですか?」

「これ? 単なる飾りよ。護身として無いよりは持っていたほうが、安心だし。けど暗器は、私に言わせれば卑劣な武器。私の美学に反するから殺生には用いないの。」
蘇芳は暗器をちらつかせ弄びながら言う。

「美学ですか。それで生まれたんでしたね。この銀剛針は。どうせ使わないならがらくたも同然ですけどね。」

「まったく使わないわけじゃないのよ?暗器はね、殺す道具にしないだけ。そうね···殺さない程度に苦しませて痛みを与えるとかには使える。強いて言えばお仕置きするオ・モ・チャよ。」
蘇芳は、どこか艷っぽく言ってみせる。


「暗器はお仕置き道具ですか。それにしちゃ高価な玩具ですね。貴女の美学とやらで、色々こっちは苦労していますけど、ご存じですか?衣装から始まり、身につける装備品も、扱う武器に関しても、戦法においても、やたらにこだわってくれるおかげで、無駄に経費がかかって仕方がないんですけど?」

「知ったこっちゃないわね。けど私はその分、務めは果たしてますけど?どこかのケンケンさんみたいに、ケンケンケチケチ経費ケチらなきゃならないようなケンケンカチカチ財布カツカツなご身分じゃないしね?それに誰かの下でケンケン献身的に支えようとするケンケンと違って、私はあのクソ上司に私をこき使う度、経費加算で頭悩ましてくれたほうが嬉しいの。この上なく。」

(それ、もう確信犯なんすか。)

「つか、ケンケン、ケンケンってさっきからうっせーんだよ。ケンケンと呼ぶんじゃねぇって言ってんだろうが(怒)。」

と言って、はっとし櫂鉉は口をつぐむ。
「····ゴホンっ。(いけない、いけない。品位を守られば) 私には櫂鉉(かいけん)という名があるんです。それに私は今は筆頭黒士を補佐する側付きの黒士であることを忘れないでもらえませんかね?」

櫂鉉は、ムキになって取り乱しそうになるのを慌てて取り直し話す。

「忘れちゃいないわよ。あの極悪陰険毒舌悪党の犬。ケンケンよね?」

と言って、蘇芳は意地悪げな笑みを見せた。
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