プリテンダー
疑惑


あの日から僕は、杏さんの顔をまともに見る事ができなくなった。

杏さんは相変わらず社泊か夜遅くに帰宅するので、ほとんど会話もない。

夕飯を一緒に食べる事もなくなった。

僕は一人で早めに夕飯と入浴を済ませて部屋に戻る。

杏さんは夜遅く帰って来て、僕が用意した夕飯を一人で食べる。

僕は毎朝早起きして朝と昼の弁当を作り、杏さんの朝食をテーブルに並べて家を出る。

そして会社で朝食用の弁当を食べる。


本当は、僕の作った料理を食べて笑う杏さんの顔が見たい。

だけどもう向かい合って食事をする事さえためらわれる。

一緒に暮らしていたって、以前のように心が温かくなったりはしない。

僕が偽物の婚約者だとお祖父様にバレているのなら、もう一緒に暮らしている意味なんてないんだ。

きっと杏さんもそう思っているんだろう。


朝起きるたび、この部屋を出て行けと言われるのは今日かも知れないと思い、無事に一日が終わると、明日終わるかも知れないと思う。

いつ終わりが来てもおかしくないから、僕はまた毎日を一人で過ごすための心の準備をしている。

一人でいるのが当たり前の毎日が寂しいなんて思わないように。

一人暮らしの部屋で杏さんの姿を探してしまわないように。


そんな日が2週間ほど続いた。






< 155 / 232 >

この作品をシェア

pagetop