リナリア
 「笑顔」と「そのまま」の境目を知る、普通の女の子。きっと普通じゃない。
 ふと、ポケットのスマートフォンが震えた。相手はマネージャー。

「はい。」
「今日一日オフって話だったけど、ごめん、放課後でいいから事務所来てくれる?」
「え、放課後でいいの?」
「ええ。」
「もう来いって言われるかと…。」
「さすがに朝から仕事しに来てなんて言わないわよ。久しぶりの学校、楽しんで。」
「うん。あ、そういえば。」
「なに?」
「見つけたよ、名桜。」
「名桜…ああ、名桜ちゃん!カメラマンの。」
「うん。」
「同じ高校ってだけでも驚きなのに、こんなに都合よく会えちゃうもんなのね。」
「…それは、俺も思ったけど。」

 撮影後に名桜の高校を訊いたのは知春だった。同じ学校であるというのは想定外だった。月曜がオフだったのも奇跡的だ。

「いい写真よね、たった一枚で決めちゃうところが麻倉さんの娘さんって感じ。」
「学校だと普通って感じだけど。」
「そうなんだ。ていうかあなた、ちゃんと名桜ちゃんに話しかける場所選んだ?公衆の面前じゃないでしょうね?」
「…え、まずいの?」
「まずいでしょ!少なくとも名桜ちゃんは仕事しているっていったってあなたほど名前の出る仕事じゃないんだから。」
「…そっか。何も考えてなかった…。」
「考えなさい!大事なことよ。あと、変に気を抜かないように。じゃあ事務所に寄るの、忘れないでね。」
「はい。」

 先にマネージャーに相談するべきだった、と今更ながら思う。何が普通で何が普通じゃないのか、その辺の感覚がおかしくなってしまっているような気がする。それもこの1年が目まぐるしかったからだろう。とりあえず、そのせいにしておくことにする。

「…昼休みが楽しみとか、すげー久しぶり。」

 知春はまた空を見上げた。さっき見上げたときよりも、幾分気持ちは楽になっていた。
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