リナリア
「いいよ。昼食べたらここにきて。…約束。」
「はい。」

 下手に教室に来られるよりもマシだ。それに、質問攻めにあう未来はもう確定している。

「カメラ、持ってきてね。」
「いい…ですけど、なんで…?」
「来てくれたら教える。」

 少しだけこぼれた笑みも、演技などではないことがわかる。

(…こういう瞬間、切り取りたいな…。)

 そんなことをすぐ思ってしまうくらいには、被写体として魅力的であることも確かだ。

「…本当に遅刻しちゃう…!失礼します!」

 名桜は中庭を後にする。仕事で休む時は父から連絡がいくようになっている。そうじゃない限りは極力遅刻もしないし、早退もしないと決めている。やや駆け足で教室へと急ぐ。

(…とんでもないことになっちゃったな…。)

 朝の出来事を目にした人が学校にどれだけいるのか。それに、見た人がどれだけ広めているのか、考えただけでもゾッとする。

* * * * *

 遅刻常習犯としては、遅刻なんて言葉もその時間も全く気にならない。ただ、そうかそういえば、高校1年生までは自分も普通の生徒だったということを思い出す。

「カメラ持ってないと、全然顔違うな。」

 カメラを持った瞬間に、強い意志のある塊になる。そんな気がした。どうしても撮りたいものが、あの日の自分のあの顔だったのかと思うと、その観察力には驚かされる。
 それなのに、ひとたび制服を着てしまえば、自信がなさそうな普通の女の子になる。それこそ、周りを気にするような。

「まぁ、いいか。昼休み会えるし。」
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