リナリア
* * * 

 中庭にはもう知春がいた。

「…遅くなりました…!」
「全然。むしろ食べるの早いね。」
「あなたはちゃんと食べて…。」
「今日朝食べ過ぎたっぽい。昼は食べてないよ。」
「食べなきゃだめですよ。食事を抜いて細くなるのってよくない…。」
「いや、食べても食べなくてもそんな体重変わんない。」
「今全世界の女子を敵に回しました。」
「それ、この前マネージャーにも言われた。」

 目が少しだけ柔らかくなる。穏やかな春の風が心地よく名桜の髪をなびかせた。

「ってそんなことを話にきたんじゃなくて、聞きたいことってなんですか。」
「なんでそんな、とっとと終わらせようって感じなの。」
「だっていつ人が来るかわからないですし、ここに来るまでにすれ違った人の好奇の目がどれだけ私を刺したかわかってます?」
「それは、ごめん。そういえばここは学校だった。」
「…自覚が…遅いんですけど…。」

 ただ、なぜか不思議なことに本気で怒る気にはなれない。こんな風にしゅんとする姿は初めて見る。

「環境の変化を正確に理解してなかった。学校は行ったり休んだりだったし。」
「…売れっ子なら当然でしょう。」
「名桜は休まないの?」
「休む時もあります。でも、あなたほど仕事が多いわけでもないし。」
「仕事、増えるよ。」
「え?」
「あの写真が載った雑誌が出たら、まぁ仕事増えるって。もうすでに話題になってるらしい。」
「なんで…?」
「ウケがいいみたい。俺も直接見聞きしたわけじゃないから詳しいことは知らないけど。」
「言いたいことはそれ…?」
「いや、これはおそらくくる未来の話。で、俺も一応調べたんだよ。名桜のこと。写真の世界じゃ、ちゃんと有名人じゃん。」

 差し出されたスマートフォン。その画面には『麻倉名桜』の名前での検索結果。
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