人魚になんて、なれない
「はい。波糸は自分で海に入りました」


よく晴れた日だった。


波は穏やか。


台風も近づいていない。


自分で海に入ったとしか考えられない状況。


「事故だったってことはないのか? どこかから足を滑らせて……とか」


先生の言葉に首を振る。


それはありえないの。


「だって、波糸が歩いて海に入っていくのを、見てた人がいるんです」


遠くから見つけて、あわてて止めに入ろうとしたけれど、そのときにはもう波糸の体は海の中だったそう。


捜索隊も出されて探したけれど、見つけたときにはもう、息をしてなかった。


「信じられないでしょう? あたしも信じたくなかった。でも、波糸の顔を見たら信じるしかなかった。……満足そうに笑ってたんだもの」


水死体なのに、不思議なほど綺麗な顔。


死んでるなんて思えないほど。


でも、一番信じられなかったのは……あたし。


「波糸の遺体を見ても、涙が出なかった」


「……菊池?」


死んでるなんて思えないほど。


でも、一番信じられなかったのは……あたし。


「波糸の遺体を見ても、涙が出なかった」






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