太陽と月の後継者

今から約1090年前
この国の城にまるで天から降りてきたような美しい女が訪ねてきた。

当時の国王、ベルト王は優しいお方でボロボロの服を着た女に衣服をお与えになり尋ねる。


「名前は?」


「クロエと申します。」


「なぜ貴女は此処へ?」


美しい女は顔を上げる。

国王は、その美しい紅と碧の対になった瞳を見てハッと息を呑んだ。

その瞳には怒りと憂いの心が見えた。


「私はこの珍しい瞳を見世物に、貧しかった両親に売られ奴隷商人のもとへ行きました。

この瞳が天からの贈り物だと思っていました。けれど、コレは私を不幸にしたのです。

たまたま買われた優しい貴族の主に気に入られ、私達は偽りの無い恋に落ちました。愛しい娘も産まれました。奴隷だったことも忘れられて幸せでした…。

一度呪ったこの瞳も、好きになれました。

それなのに…」


クロエと名乗る女は一度顔を伏せ数秒後顔を上げた。

憎しみの篭った強い母の表情。

その表情は世界で一番綺麗で美しかった。

頰に伝う涙も拭わず、真っ直ぐと此方を見据えるクロエに国王はゴクリと唾を飲む。

国王はその時その瞬間確信した。

彼女はきっと大物となるに違いないと。


「それなのに…!

その幸せすら、長くは続かなかった。

再び現れた奴隷商人に、

主人は殺され、屋敷は焼かれ、
愛娘は攫われたっ!!

私はあの屈辱を忘れません。

何日もあの子の泣き声が耳から離れませんでした。何故私はこうやって逃れられているのか分かりません。

どうか


どうか


私を…


殺してください。」


クロエは床に顔を押し付け懇願する。

国王は、クロエの前に跪くと
顔を上げさせ頰を叩いた。

この国王の行動に、周りの兵士も、
クロエも頭が真っ白になった。


「何を言っておられるか!!!」


国王の威厳のある怒声が響く。

そして、次の瞬間には優しい声色でクロエの肩にポンと手を置いた。


「貴女にはまだ未来がある。
亡くなった主や娘を思う気持ちがあれば、
生きなさい。

誰も貴女を責めはしない。
貴女は綺麗な心を持っている。
命がある。
それでいいではないか。」


クロエの瞳から大粒の涙が流れ出る。
王はその大きく小さな肩をそっと抱き寄せた。そしてこの後、義娘として城に置いた。







約3年後
クロエに夫が出来た。

クロエの義理の従姉弟に当たる、
レト第五王子。

王子達の中で最も優しく、
クロエの心を癒した男だ。

愛し合う二人の間に、男の子が産まれると国王は泣いて喜ばれた。


「僕らに似てる。」


「きっと、幸せになってね。」


クロエとレトは寄り添い、
優しく男の子を見守る。


「エド…大きくなるのよ。」


可愛い男の子の紅と碧の瞳がクロエをレトをうつす。幸せそうに笑い声を上げるエドに二人は笑みを零した。







それから5年後
クロエは王の部屋を訪ねた。


「お父様」


「どうした…」


部屋を開けると、中には、もう起き上がれそうもない国王がベッドに横になっていた。


「私はお父様にまだ話していないことがあります。」


国王は目を開かずに言葉を待つ。


「私は…私は…」


震えるクロエの手を、国王の皺々の大きな手が包み込む。その手にクロエは安心して震えが収まる。


「天羽なのです。」


クロエの澄んだ声が部屋に響くと、
国王はやっと瞳を開いてクロエに問いた。


「行くのか。」


少し寂しそうに、クロエの瞳を見る。


「はい」


クロエはこの優しい家庭を、家族を二度と失いたくないと、レトと離れる決心をしていた。

この日のために、あらゆる魔法を覚えて備えていた。


「もう少し…」


「…ごめんなさい。」


クロエは瞳に涙を溜めて、下を向く。


「クロエ…」


呼んでも上を向かないクロエに
もう一度言う。


「クロエ…我の目を見てくれ。」


パッと顔を上げると、
クロエは大粒の涙があふれた。

そこには、あの時と同じ優しい笑顔を浮かべた父の顔があった。


「生きなさい。」


「はいっ…」


「我はその瞳が好きだ。」


クロエは大きな瞳を開いて、
これでもかというほど大粒の涙を溜めて流した。


「ありがとうお父様…


大好きよ」


そう言って出て行った
自分の可愛い娘の姿を思い出し、

先ほどまで出なかった涙が
一筋、ベルト王の頰を伝った。

< 86 / 220 >

この作品をシェア

pagetop