手に入れる女
#12

どこをどう走ったのか圭太は憶えていない。
気がついた時には佐藤の家の前に来ていた。事故を起こさなかったのだから大したものだ、とぼんやり思ったことは妙に記憶に残っている。

何も言わずにリビングに入って行ったものだから、美智子は驚いたようだったが、すぐにいつもの屈託のない笑顔で圭太を出迎えてくれた。
圭太は、俯いたままカウチに体を沈めている。

むっつりと黙ったままで、明らかに様子がおかしい。

「圭太、どうかしたの?」

美智子が聞いても、圭太は無言で俯いたままだ。

美智子はコーヒーを淹れに台所へたった。
何かあった時、まずは温かい飲み物で気を落ち着ける、というのが長年の佐藤家の習慣であった。

小さかった圭太が泣きながら学校から帰って来たとき、美智子はよくホットミルクやココアを出していたものであった。それがいつの間にコーヒーになったのだろう、気がつけば夫と同じものを出すようになっていた。

圭太もすっかり大人になったものだと美智子は思ったが、マグから上る湯気をぼーっと見つめている姿は昔と変わらなかった。
コーヒーを一口すすると、ようやく圭太の口からふいに言葉が出て来た。

「やめる」
「え? 何を?」

美智子は思わず聞き返した。

「結婚、やめる」

今度はきっぱりと明言した。

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