その男、猛獣につき
私は恐る恐る言葉を紡ぎだす。
「あの、敦也さん。きっと私のこと、口説こうとか、持ち帰ろうとかそういう気持ちはなかったと思います」
「どうしてそう思う?」
先生は私の言葉に間髪いれずに返答した。
「だって、私全く口説かれなかったし」
「それは、有田が鈍感なだけじゃないか?」
先生の言葉に、他の理由も喋らなきゃと思った私は、つい口が滑ってしまう。
「それに、敦也さんは私の気持ち知っているから」
「有田の気持ち?」
今日は本当にタイミングが良いのか悪いのか分からない。
聞き返した先生は、ちょうど信号が赤だったからブレーキを踏んで、私の方を見つめる。
先週、車椅子バスケの帰りに見つめ合った交差点で、私たちはまた今日も見つめ合う形をとってしまった。