その男、猛獣につき
「すみません。」

 

「有田が謝ることじゃない。敦也が悪い」

 

口では嫌味を言いながらも、先生はフッと目を細めて笑う。

私服のせいか、それとも機嫌がいいのか先生の雰囲気は柔らかくて、ついその笑顔に惹きつけられてしまう。

 

 

「送ってく。その前にコーヒーでも飲んでいくか?」

 

先生は私の返事なんて聞かず、背中を向けてマンションの中に入っていく。

 

「はい」

返事なんて聞かなくても、答えは分かっているくせに…。

いじわるな先生を少し恨めしく思いながら、私は先生の背中に小さく声をかけ、後に続いた。

 

時刻は18時、秋の夕暮れ。空には一番星が瞬いていた。

 

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