その男、猛獣につき
2日前、先生と一緒に家族に挨拶をした時には、先生と私に向かって
「トイレが一人で出来ないのなら、施設に預けたい」
とまで言っていた。
「そんな、トイレくらいで……。森田さんだって病気になりたくてなったわけじゃないのに……」
挨拶が終わって、トボトボと廊下を歩きながら俯いた私の横で、いつもはスタスタ歩く先生も私にペースをあわせて、ゆっくり歩いてくれた。
呟いた私に、先生は諭すように話しかけた。
「家族にとってはトイレなんか、じゃない。親の下の世話は、分かっていても辛い。それが1日何度も、毎日続く。何年とも分からない間な。それが介護なんだよ。」
私はコクリと頷いた。
頭では分かってるつもりだった。
だけど、森田さんのことを考えると胸が痛んだ。
意外とああいう家族は多いんだぞ。
と前置きした上で、先生は続けた。
「俺達リハビリ職は、だからこそ必死で機能回復させないといけないんだ。それがどんなやり方でも構わない。患者さんと家族が望むように生活出来るように支えるんだ。」
「はい……。」
どうにか口に出来た言葉で返事をして、先生の横顔を見上げると、先生も苦虫を噛み潰した様な顔をしていた。
私の視線に気づいてか、先生はちょっと咳払いして、
「有田、森田さんが1日でも長く家で生活出来るようにはどうすれば良いかを、
必死で考えるんだぞ。」
そう言い残して、先生はスタスタと歩いていった。