僕が君の愛
3・大人な態度

 シガーケースから取り出した煙草に、使い捨てライターで火を点ける。大きく吸い込み、水色の絵の具を塗り拡げたような空に向かって、加織は紫煙を吐き出した。
 加織が勤めるのは、3年制の看護専門学校だ。健康促進法の影響を受けたのは、加織の職場も例外ではなかった。昼食後の一服を楽しみたいと思えば、建物外へ出るしか手段はない。
 しかし、喫煙者の入学を認めない場合や、敷地内が禁煙なトコロもあることを思えば。数分以内に喫煙できる場所があると言うだけ良しとしなくてはならないだろう。
 1ヶ月ほど前に、2週間ではあるが禁煙できていたのが嘘のように。ここ最近の喫煙本数は増えていた。原因は、加織自身でも十分に分かっている。だが。解決するには時間を要する問題でもあった。 

 職場である建物の壁に背を預け、手にした携帯電話のメール機能を呼び出す。表記された文字に視線を走らせ、再び紫煙を青空に吐き出す。一瞬の逡巡の後。加織は、リプライ画面に切り替え、親指で文章を作り出す。
 戸惑うことなどない。ほんの少し前の自分に戻るだけの話なのだから。

 メールの送り主は犬養 竜也《いぬかい たつや》であった。先々週、友人が主催した合コンで知り合った男性。加織よりも5つ年上の消防士。外見に若干の野暮ったさはあるものの、もちろん未婚であり、加織に対する態度も紳士的で申し分ない。更には、次男だ。条件だけを見るならば、犬養は十分に魅力的な男性だ。付き合う価値はあるだろうと思っている。にも関わらず。
 加織の心は踊らない。何故か、錘が付いているかのように。深い深い海の底に気持ちが沈んだままなのである。どんな魅力的という名の光も届かないほどの深い底。

 溜め息と一緒に。加織は紫煙を吐き出す。手にしていた使い捨てライターが視界に入り、苦笑が浮かぶ。安っぽさが、まるで自分の様だと。簡単に火は付けられるが、それは限りがある熱だ。代わりはいくらでも手に入るお手軽さ。
 こんなハズではなかったのに。

「随分大きな溜め息ね、江馬さん」

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