さいごの夢まで、よろこんで。
思いっきり、全身で抱きしめたい。


病院のベッドで過ごすようになって、どれくらいのときがたっただろうか。

自分ではもう、あんまりそのへんの感覚が、なくなりつつある。毎日、同じことを繰り返すだけの生活だし。
ただ、一つの目安としては、夏子の髪の毛は肩をとっくに追い抜かしていた。

窓から見える外の景色も、ここに来たばっかりのときとは違ってる。
窓際に置かれた花瓶の花は、もう何度取り替えられただろう。

外に出ることも諦めて、ただ削り取られていく。それは体だけじゃない、思い出も。気持ちも。
家から持ってきてもらった五枚の写真を眺める時間が、少しずつ減ってきた。この写真の中には、翔太の笑顔がない。だんだん、思い出せなくなってきた。



「特別に、散歩でもしますか?」

ある日、赤城くんにそんなことを言われて驚いた。

「え、いいの?」
「……最初で最後になるかもしれませんけどね」

これは嘘じゃないんだろう。
顔を見てたらわかる。赤城くんは、変にごまかしたりしない。

「担当医も、お母さんも、気晴らしにいったらどうかって言ってくれてます。どうします?」
「うん、そうだね、行こっかな。……赤城くん、お願いできる?」
「もちろん」

赤城くんに付き添われながら、久しぶりに病室の外へ足を踏み出した。
どこに行くのか尋ねたら、「内緒です」って返された。赤城くん、そんな粋なことする人だったんだ、知らなかった。

病院は、たくさんの人で溢れかえっていた。
バタバタと忙しそうな看護師さんや、注射が怖いって泣き叫んでる男の子。
そんな世の中に当たり前みたいにありふれた様子でさえ、キラキラと眩しく見えた。
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