空って、こんなに青かったんだ。
 勇士は自宅に着くと、いの一番に食事をすませ食器を台所に下げる。
下に妹と弟がいるので小さい頃から父親にそう躾けられたのだ。

ついでに自分に野球をやらせたのも父親だった。

高校まで野球部に籍を置いていた父親は自分の夢を勇士に託した。ウムも言わさず。
なのでポジションも捕手、父親の現役の頃のポジションだ。

さらに言うなら生まれつき右利きの勇士を左打ちに変えたのも父親だった。

古くは掛布、篠塚、そしてイチロー、松井、ヨシノブにシンノスケ。
日本の代表的な右投げ左打ちの強打者たち。

幼少のころから父親に野球の手ほどきを受けた選手も多い。そして自分もそうだ。

これから少し食休みをしてから庭でティーバッティングだ、父と一緒に。野球を始めた小学校の一年生からのカワラヌニッカ。そして「当然」ボールをトスするのは父。

これをもう約十年、自分でも長いのか短いのか?よくわからない。

そういえば拓海も左で打っていたな、と勇士は思い返した。
ということは、あいつももしかするとオレと同じクチか?

勇士の経験則では右投げ左打ちの選手はほぼ100%と言ってよいくらい、
父親に野球を教わって、いや、シコマレテいた。英誠ではもう一人、刀根護がそうだった。

そんな勇士であったが最近、父親とするティーバッティングに集中できないでいるのだ。

なぜかって、父の勤めていた会社が倒産してしまったからなのだ。

なのでいま父はアルバイト。まだ正社員じゃない。だけどこんなこと恥ずかしくて誰にも言えない。

それにいちばんの心配事はもしかすると学校を辞めなきゃいけないかも、ってことだ。

来年再来年と続けざまに妹と弟が高校に入る。少なくても妹は希望校進学のため塾にも通って努力しているのだ。でもそれは私立校。英誠もだけどそこも十分に授業料は高い。

「大学にも行きたきゃ行かせてやる」
と父母は勇士に言っていたけど今となってはそれも???

だいいち、この前の「父母の深夜のひそひそ話」では大学進学どころか勇士は公立に転校?
って話も出てるのだ。

ショック・・・・

「オレ、英誠が好きだし、それに甲子園行けるかも、って感じなんだぜ!」

勇士はこれは一大事、とナイ知恵をムリヤリしぼって先手を打った。

父さん母さんに
「稲森ってスゲ~ヤツが入ってきてオレタチ、甲子園だって夢じゃなくなったんだぜ!」
と大々的に宣伝しといたワケ。

ついでに甲子園常連校に練習試合で勝ったこともそつなくつけたしておく念の入りようだ。

「こうしておけばまさか公立に転校、なんてことはさせないだろう」

というのが勇士の戦略であったはずが、両親の反応は勇士の憶測とはうらはらに
イガイにニブクかった。

「ああ、そうか」

ふたりの返事はたったのそれだけ。それどころか勇士をドツボに突き落とすような
ひとことが追い打ちをかけてきた。

「そんなにスゴイ子が来たんじゃ、お前がいなくなっても大丈夫だな?」

そしてそのとき勇士は、自らの戦略を大いに悔いた。

「かえって言わないほうが良かったか・・・・」

 父親が「そろそろ始めるか?」と言ってきた。
オヤジはこの時間までに必ず帰ってこられる仕事を探している。

これは必須条件なんだ、オヤジにとって。

母もパートに出るようになった。だけど中二の弟は誕生日に新しいゲームソフトが
欲しいとことあるごとにネダッテル。まだ子供なんだ。気楽でいい。

たまに頭をヘッドロックで締め上げたくなるよ。

あたりに金属音が響きだす。どんなに疲れていても絶対にオヤジは練習を休まない、ヤスマセナイ。まあ、田舎だからいいけど、都会じゃこんな騒音をまき散らす練習、ムリだよね?

でも、どうしても公立へ、と言われればそれは仕方ないことだし。
もともと父親には借りがある。

それは中学の時のことだ。強肩強打の捕手として地元ではかなり名の売れてきた勇士は県外の名門校から声をかけられたのだ。ひらたく言えば「トクタイセイ」という。

さらに言えばもろもろのメリットがあるわけで・・・・。

それでもってメイヨでもキンセンテキにでもメデタシメデタシとなった龍ヶ崎家だが
ここでハプニングがあった。

ある日、父が勇士に言った。

「友人は自分で選ぶものだ。だから俺は『あいつはワルだから付き合うな、とかあいつは
優等生だから付き合え』なんてことは言わない。ただヒロとつきあってたらいずれ

何らかの時にお前にトバッチリガ来るはずだ。それだけは十分に良く考えて理解しておけ」

ちなみに「ヒロ」というのは本名「博之」といって小学校時代からの勇士の悪友で父親も目をかけて可愛がっていた少年だった。

気のいい奴で根っからのワル、というわけでもないのだが、まあ確かに学校でも問題児で地域でも知らぬ者はいなかった。

間が悪い時とはそんなもんでそのヒロが警察の御厄介になるようなことをシデカシタ時に勇士が「一緒に」いた。この「一緒に」がモンダイでもちろん勇士はかかわりない。

なにもしちゃいないしだいいち、その時、つまりヒロが「御厄介になるようなこと」を仕出かしているときに彼はコンビニでイカガワシイ本を立ち読みしていて「そこ」つまり「現場」にはいなかったのである。

なのにセケンとかケイ○ツとかセンセイとかいうもんは一筋縄じゃいかない。
「そのときにはそこにおらず何もしていない」ということは置き去りにされて「行動を共にしていた」ということが「大事」らしい。

結局、勇士は「ドウザイ」と相成り「トクタイセイ」の話は霧のように消えてしまった。つまりはお父さんが細かい説明抜きで「世間とは?」ということを勇士に予め話しておいたことが「ゲンジツ」となってしまったのであった。

「オマエが好む好まざるにかかわらずその世間の中で生きている」のだと。

他校からも話はあったが勇士はその県外の全国的にも知られた学校へ行きたかった。
そこじゃなきゃもうどこでも同じ、といって英誠に来たわけである。

そんなことで父親に「借り」のある勇士はどうしても転校となればそれもやむなし、
と諦めざるをえなかった。

そろそろ三カゴが終わる。あと、二カゴだ。

「クソッ~やっと甲子園が見えてきたっていうのに・・・・」

勇士は平常心を保たなければ、とは思いながら到底それはかなわず、ただイライラをぶつける様に父親の投げるボールを打ちまくった。 

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