空って、こんなに青かったんだ。
「ツメテえ~~~」

「おい!俺にもよこせヨ~」

啓太以外の四人がボトルの獲得合戦になってあたりは瞬く間に殴り合いの寸前と化す。

「ほらほら、あ~あんたたち~そんなもん頭からかぶったら髪の毛ベトベトになるじゃないよ~ホンと、馬鹿ね~」

啓太の母親は台所から追加の飲みものをカゴに入れて持ってきてくれたついでに、大笑いしながら声をかけた。

「あとでちゃんと、おふろで頭、洗うんだよ~。わかってんの?」

五人はボトルを争いながら
「はっい!」
と声だけは大きい、しかし大人の言うことなど話半分のいつも通りのいい加減さで返事をする。

おかげであたりは水浸しならぬジュース浸しになり、縁側の板間は歩くとまるで接着剤を塗りこんだが如く足の裏に貼りついてきた。

もちろん、そんなことの後始末をするのも啓太の母親のいつもの仕事だ。

五人は飲むだけ飲んで騒ぐだけ騒ぐと順番に風呂へと向かっていった。

そこには五人分のバスタオルと着替えが用意されていて、バスタブには良い香りのする入浴剤までが入っている。

そう、やることすべてにソツがナイノダ。

啓太の家の風呂はというと普通の家に比べるとかなり大きいほうなのだけれど、それでも五人いっぺんでは到底無理なので順次、入れ替わりながら入るのがいつもの彼らのやり方だ。

今日もそうして適当な順番で入って、上がったものから啓太の部屋に行くことになっている。
べつに誰が決めたわけでもなく、いつの間にか彼らの中で出来上がったオキテ、のようなものだ。

おのおのが風呂から上がって部屋に入ると、啓太の母親が準備をしてくれていたのか、ちゃんと冷房が入っている。

部屋はまるで天国のように涼しくて気持ちがイイ。

そしてこれもいつものことなのだけれど、テーブルには家畜のエサかと思うほどの大量のお菓子が置かれており、さらに追加の飲み物も用意されているのだ。

そう、ここはまるで一流ホテル並みのサービスなのである。

風呂から出て台所の横を通る時
「今日は泊まって行くんでしょ~?」
と啓太の母親が声をかけた。

もちろんまだそこまで誰もが決めていたわけではないのだが、結局全員が
「は~い」
と返事をした。

「明日、どうせ練習ね~じゃん」

「もう帰るの、めんどくせ~し」

などと言いながら部屋でゴロゴロしだしたのである。

いちばん最初に風呂に入っていちばん初めに啓太の部屋に飛び込んだのは勇士だった。

「はあ~天国だなあ~ココは」

それに続いたのが健大、それで早速、ふたりの間で再度のぐちり合いが始まった。

「なんであそこでセカンドに投げるかね?」

「正真正銘のアホだな」

「あの人のああいうプレー、見飽きたし~」

「それにいつもミスったあと、ミット見るし。ミット、関係なくね?」

いつの間にか部屋に戻ってきた圭介と護がここぞとばかりに相槌を打つようにして話しに加わる。

この話題は帰る道すがら、散々と勇士が怒りまくった本日の敗因トップ1である。

1、2回戦をなんとか無事に勝ち上がって3回戦に進んだ英誠学園は今日、優勝候補筆頭の作川学院とあいまみえたのである。

ここ二年連続で県大会を制し、夏の甲子園に出場している県下随一の強豪校だ。

当然のごとく戦前の下馬評は圧倒的に英誠不利であったが大方の予想を大きく裏切り、なんと六回終了時まで三対二で英誠がリードしていたのである。

しかし迎えた七回、相手七番から始まった攻撃でワンアウト一塁三塁と攻め込まれた英誠はベンチからの指示で、一塁ランナーがスタートを切ったときはキャッチャーはランナーを刺すことを狙わず、ショートがセカンドベースとマウンドの中間に入りキャッチャーからの送球をカットして三塁ランナーの本塁突入を阻止する、またはランナーが飛び出したときは挟殺するプレーを選択したのであった。

これはベンチの監督からの指示をキャッチャーの、しかもキャプテンを兼ねる石神くんがブロックサインで自ら内野手に指示したものであった。

しかしキャプテンを兼ねる石神くん、ベンチの予想した通り一塁ランナーがスタートを切った時、いったい何を血迷ったかあるいは何を夢見ていたのか、自分が指示した作戦などすっかりと忘れてしまい、無人の誰もいないセカンドベース目がけて精一杯の全力投球をしてしまったのである。

慌てたのは本来、来るはずのない自分のところにボールが転がってきたセンターの柴田先輩となんとなくバツの悪いセカンドの土井先輩。

そして呆然とボールの行方を追うことしか出来なかったのが、自分の頭の上を綿密な打ち合わせとサインに反してボールが素通りして行ってしまったエースの沢村先輩とショートの広岡先輩。

そしてベンチの監督はじめ選手一同であった。

「もうひとりイタロー!」
と、勇士が呆れるように、しかし怒鳴って言ったのは肝心な人を忘れていたからだ。

何を隠そう、いちばん呆気にとられていたのはキャプテン本人、その人であったのだ。

そしてキャプテン石神くんがぼーぜんと自ら投げ放ったボールが転々とするのを見守っている間に、ボールは芝生の上を転がりながら柴田先輩のもとまでたどり着き三塁ランナーは歓喜小躍りしながら同点のホームイン。

駿足の一塁ランナーは快足を飛ばしてセカンドベースを蹴り、あまり肩の強くない、いやむしろ弱肩と言ったほうがより正しいのかもしれない柴田先輩の懸命のバックサードをものともせず三塁をおとし入れたのだ。

「あいつ、あのあと、また右手でミット叩いて首かしげてたぜ・・・・」

寝転がりながらチョコレートを美味しそうにむさぼっていた圭介が合いの手を入れるようにつぶやいた。

それは石神くんのいつものルーチンワーク?とも言える仕草で、ミスをしたときは必ずそれをするのである。

結局、英誠の必死の健闘もここまで、気落ちしたエースの沢村先輩が連打を浴びてなんと五失点、リリーフした宮田先輩も火のついた相手打線を抑えることは出来ず二失点、合計で七点をこの回に取られてそのあと多少の反撃はこころみたものの終わってみれば十一対五の完敗。

前半の接戦と健闘はどこへやら?見事に粉砕されてしまったのである。

まあ、そんな中で健大と勇士は代打でともにチャンスメークの二塁打とタイムリーヒットを放ち溜飲を下げたかに思われたが、少なくとも勇士に至っては全くその気配は無かった。

そもそも捕手としての才覚は肩、リード、そして打撃と、全てにおいて勇士の方が石神先輩を凌駕しており、じゃあなんで石神先輩が出ているのかと言えば今となっては誰もその理由をよくは知らないのであるが、なぜか石神先輩はキャプテンを仰せつかっており、お母さんはと言えばあまり活動していない父母会のお母さんグループのリーダー的存在であって、そして勿論石神先輩は三年生であり、勇士は二年生であって、まあそんなことで監督も勇士を控えにせざるを得なくてみたいな・・・・

しかし勇士の性格上それは許せない、いや、絶対に許されてはいけないことであってタイムリーの一本や二本では到底腹の虫がおさまらないわけである。

そしていつものトドメの言葉と突入していくのである。

「なんであいつが出てるんだ?」

勇士はため息ともイカリともつかない声で柿の種をつまみながら大袈裟に嘆いてみせた。

「でも、石ちゃんのあの間抜けたプレーも、もう見納めなんだなあ~」

また言わなくても良いことを圭介がつぶやいてしまったようだ。

一同はまたまた一瞬で凍りつき、自分にとバッチリが来ないようにと誰からともなくそっと圭介から離れて行くのだ。

そして誰もが圭介から身をよけて行った次の瞬間、勇士の見事なサソリ固めが圭介の下半身に決まっていた。

「えっ?何でだよ~~~~」

「オマエガ俺のイカリに油をソソイダからだ~~~~」

その勇士のサソリ固めはビッチリきっちりと決まっていて、今まで逃れることが出来た野球部員はただのひとりもいない必殺技なのだ。

到底圭介も痛みに身もだえし最後にはイキタエタのであった。

 「うおっ~」

「まじスカッ?」

「オレ、うなぎ、はじめてかも~」

その日の五人衆の夕食はなんと鰻だった。圭介がイキタエ、その流れで皆が呑気に夕食前の昼寝におちいってからどのくらいの時間が経ったのか?

啓太の母親の
「晩ご飯、デキたよ~」
の声でみんなが起きだして眠い目をこすりながら食堂に行くと、食卓に並んでいたのはなんと鰻、だったのである。

それを見た瞬間、彼らは思わず歓声を上げ誰からともなく手をたたいて感動した。

「お前、毎日こういうもん食べてんの???」

感激のあまりしばし呆然としていた護が啓太の顔を仰ぎ見た。

「なわけね~だろ」

何を隠そう、はっきり言って五人の中でいちばんびっくりしていたのは、ほかならぬ啓太なのである。

だから思わずあたりを憚りながら家計を気遣ってしまい、啓太は恐る恐る母親に聞いてみたのだ。

「これ、買ったの?」

そうすると啓太の母親は
「さあ、どうしたと思う~?」
と逆に息子をイライラさせる作戦に出てきた。

「そんなのいいから、どうしたんだよ?」
と啓太がめんどくさそうに言い返すと
「お父さんが杉山くんのお父さんから貰って来たんだよ」
と言ってまたあわただしく台所仕事にとりかかってしまった。

「ふ~ン、ナルホドね」

杉山っていうのは五人と同じ二年生の外野手で名を「駿斗」とかいて「はやと」と読んだ。

大人しくて目立たないけど学業のおいては常に学年トップで野球部員らしからぬ秀才である。

「でも、なんだって駿斗の親父サンが?」

母親の話によると魚を扱う仕事をしている駿斗の父親が今日、五人が啓太の家で「ハンセイカイ」の名を借りた宴?を催すことを知って仲の良い啓太の父親に差し入れをした、ということらしかった。

もともと駿斗もこのメンバーなのだが今日は祖母の具合が思わしくなく、試合のあと祖母が入院している病院まで見舞に行ったわけである。

そんなことで「ハンセイカイ」モトイ、宴には不参加となったのだが、義理堅く情に厚い駿斗の父親は、我が子不参加でも差し入れをしたということらしかった。

「みんなも、お礼、言っとくんだよ!」

啓太の母親は事情を説明すると五人にそう言って諭した。

「一年分食った~」

「オレ、もう今月は何も食えね~」

などと五人はため息をつきながらおのおの、自分のハラをさすっている。

買ったらいったいいくらくらいするんだろう?と思ってしまうほど上等で美味だった鰻が、なんとひとりにつき一人前半ほどあって、その他にも啓太母の手作り料理で五人は超満腹となり、すっかり巨大化した腹部を両手で支えながら桃太郎に出てくるモモのように啓太の部屋にもどって行った。

そして部屋にたどり着くなり誰もがゴールテープを切ったマラソンランナーのように一気に床に倒れ込んでしまった。

そのまま五人ともジッと動けず腹ばいや仰向けなどおもいおもいの格好で横になっていたのだけれど、しばらくして健大が口を開いた。

「なあ、さっきお前の母ちゃん、なんか言ってなかった?」
< 2 / 62 >

この作品をシェア

pagetop