常務の秘密が知りたくて…
理解も納得もできないこと
 もっと。できればずっと。それが叶わないならせめてもう少しだけ――。


「もう少しだけ寝てたかった」

 欠伸をかみ殺しながら通い慣れた秘書課を通り過ぎて今の自分の仕事場に向かう。そのときに明るく声をかけてくれる元同僚もいれば、冷めた目でこちらを睨む人もいる。そのことにいちいち傷つくのはもうやめた。

 ため息をつきながらふらつく頭を押さえた。昨日もそれなりに早く休んだはずなのに夢見が悪かったからかあまり気分がよくない。

 どんな夢か内容は思い出せないけど、もう幾度となく同じようなものを見ている。何か映画のワンシーンか、子供の頃の記憶か。

 そういえば、確か入社式の朝も同じ夢を見たような気がする。内容は思い出せないのにどうしてそういうことは覚えているのか。

 しょうがない、世の中には数え切れないくらい理解できないことや納得できないがあるのだ。私、白須絵里(しらすえり)は身をもってそれを感じている。
 
 渡されている鍵でドアを開けると一直線に奥の窓へ歩いていく。まず私が一番にすることは部屋の奥のブラインドを開けることだ。暗かった部屋に一気に太陽の光が射し込み、この瞬間は心も明るくなるみたいで好きだ。

 けれど余韻に浸っている暇もなく私は次の作業にとりかかる。この部屋の主がやって来るまでにしておかなくてはならないことはまだまだあるのだ。

「おはようございます」

 私が出社しておよそ三十分ほどしてからこの部屋の主である長丘常務が眠たそうな目をして出社してきた。

 私の挨拶に軽くこちらを一瞥しただけで何も返さないまま席に着く。背もたれに思いっきり身体を預けて椅子が悲鳴をあげた。そして頬杖をつきながら届いている書類をつまらなそうに確認している。

「本日のご予定を申し上げます」

 いつもの決まり文句を告げて常務に歩み寄った。

「それやめろって言ってるだろ?」

 途端に不機嫌そうな顔をされたがそんなのは無視だ。

「そういうわけにもいきません。私は秘書ですから」

「本人がかまわないと言っているんだ、何を気にする?」

「気にします。最初にも申し上げましたよね。私は今までの秘書たちとは違いますからって」

 このやりとりも何度繰り返したことか。その言葉で常務の眉間の皺はさらに深くなった。最初は怖かったその表情も慣れてしまえばなんてことない。

 そう、私が全くもって理解も納得もできないことというのは何故かこの私が長丘常務の秘書をしているということだ。
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