常務の秘密が知りたくて…
「失礼します、どうぞ」

「自分、名前なんて言うん?」

 坂本様の口調はやや早口でなかなか頭がついていかない。しかし名乗りそびれたことを思い出して私は姿勢を正した。

「申し遅れました。白須絵里と申します」

 坂本様はまじまじと私を見つめると、急に常務の方に向き直った。

「どないしたん? これまた今までの秘書ちゃんたちとは、えらいタイプが違うやん」

 それは貶されているとかいうことではなく純粋な驚きなのが伝わってくる。常務はカップを手に取ると面倒くさそうな表情になった。

「元々俺に秘書なんて必要ないからな。今までも社長に言われて体裁だけでおいていただけだ」

 その言葉が鋭いナイフのようになって私の胸を刺した。思わず固まってしまった私に対し坂本様が心配そうな顔でこちらを見てくる。

 私はお盆を握っていた手に力を入れて簡単に挨拶をすると、その場から素早く離れた。常務が不参加の祝賀会に電報を送ったり銀行に行ったりと、外に出る用事があったからだ。

 駐車場まで降りてきて社用車に乗り込み、自然とハンドルを握る手に力が入った。どうしてこうもあの人に心乱されてばかりなのか、傷付かなくてはならないのか。それが悔しくて苦しい。

 確かに常務は仕事量の割になんでも一人でこなしてしまって秘書が絶対に必要という感じでもない。それなら専属の秘書ではなく、秘書課から誰かローテーションで派遣すればいいのに。

 どうして私はここにいるんだろうか。上からの命令だからしょうがないと私も常務と同じように納得出来ればいいのに。

 それが出来ないのは何故なのか。もやもやした気持ちを抱えたまま用事を済ませ部屋まで戻ってくると、そこには先程と同じようにソファでくつろいでいる坂本様の姿があった。
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