リーダー・ウォーク

母にとって初めてのフレンチフルコース。とても美味しいのだろうけど
場所や松宮相手に緊張しすぎて何も味がわからなかったし彼との会話も正直
あまり覚えてないと母親は終わった後苦笑していた。

そんな彼女の希望でチワ丸は母とスイートにお泊り。
稟はとくに説明はしなかったが松宮と少し離れた別の部屋に移動する。

「で。……怒ってるわけ?」
「怒ってないです」
「ずっと仏頂面してるくせに」
「こんな顔です」
「絶対違うし」

こちらも母とは違うタイプのスイートルーム。
バスタブは男女が向かい合って座れるほどに広くて綺麗。
これならなみなみとお湯をためてゆっくりと一日の疲れを取れる。

はずだけど。

一緒にお風呂なんて何時もならすぐちょっかいを出すのに
ずっと視線を外し黙ったままの稟に流石に何もできない松宮。

「なんであんな言い方したんですか?もっと誤魔化せばいいのに」
「誤魔化すって?」

何度目かの会話でようやく口を開く稟。でもまだ表情は暗い。

「曖昧に言ってくれて良かったのに。たぶん、お母さんだって崇央さんみたい
な人が本気でこんな田舎っぺを相手にしてるとは思ってないだろうし」
「それ自分で言ってて悲しくないか?」
「悲しいとか辛いとか思うくらいならここ居ないです」
「あそう」

どうも母の手前笑顔でスルーしていたが松宮の発言が気に入らなかった模様。

「私は良いんですけど。あんなに嬉しそうな母をがっかりさせるのは辛い」
「あのさ、……そりゃ、俺はまだあんたの信頼を得てない男だけどさ。
そんな母親の機嫌取りに嘘付いたみたいな言い方されると心外なんだけど」
「30手前の女と結婚前提のお付き合いでしょう?言い逃れし辛いですよ?」

なんの打ち合わせもなくいきなり「結婚前提のお付き合いしてます」とか
笑顔でいうから、稟は危うく食べていたパスタを鼻から吹き出す所だった。
母はそれで大いに喜び、お父さんに報告すると浮かれていた。
もしかしたら今頃部屋で延々と父に松宮のことを語っているかもしれない。

「何で逃れる前提なんだよ。というか、逃げたいの自分じゃないのか」
「私は別に」
「ほんとに?」
「ほんとに」

問い詰められて稟が視線をそらすと松宮がぐっと近づいてきて。
彼の顔がすぐ側まで、それこそ頬に触れそうなくらい近くて。
吐息を感じる。それでまた照れてきて、稟の視線は泳ぐばかり。

「俺のこと、愛してる?」
「……ええ、……まぁ」

でも逃れられないように首に手を回されてじんわり優しい檻の中。

「まぁって何だよ。あんたちょっと男にドライだし言葉にするのは苦手なん
だろうと思って黙っててやったけど、正直どう?俺にそこまで興味ない?」
「顔近いっ」
「いーから。この先もずっと、あんたとチワ丸が側に居れば俺は満足。
そっちはどうなんだ。実は嫌々付き合ってくれてるとか?これもバイト感覚?」
「側にいるだけで良いんですか?」
「それはお互い大人だから色々付き合ってもらうけど」
「私は自分の夢を優先したいって言っても?」
「むしろさっさと独立しろ。仕事でもプライベートでも稟を見張ってやるから」
「そこはせめて見守ってください」

でも本当に見張られそうだな。その辺は怖いものな、この人。
ちょっと異性と話しただけで怖い顔で追い払う。

「それでどうなんだ。ふやける前に答えが知りたいんだけど」

そう言って稟の頬に唇を這わせながらゆるく優しく、でも確実に問い詰める。

「う。……何って返事したらいいです?」
「素直にあんたの気持ちを俺に言ってみたらいい。たとえば好きとか。
大好きとか。愛してるとか、その辺あるだろ?」
「じゃあ好き」
「……」
「冗談ですよ。えっと。はい、……ぃしてます」
「なに?」
「……愛してます」
「稟。いい加減、怒るぞ?」
「何でですか!愛してるって言ったじゃないですか!」
「だったらもっと優しく可愛く言え何だ今の吐き捨てるような言い方」
「そんな言い方してないです。……あ、愛してますぅーテヘ」

私に素直さとか、可愛いを期待するのが間違っている。
暖かいはずのお風呂が凍りついたが、私は何も悪くない。

「3回くらいイったら可愛くなるかな」
「あれ?1回って言いましたよね」
「1回のうちに何度イっても1回だろ」
「え?」

私は何も悪くないはずなのに。
なんで毎回毎回こんな追い詰められるのだろう。
この男は何時自分に飽きるのかとか考えるのが馬鹿らしくなる。

とにかく、助けてチワ丸ちゃん。
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