リーダー・ウォーク

「今日の予定はどうなってる?」
「昼には帰るそうですから、朝ゆっくりして。見送りに行ってきます」
「そう。じゃあ、朝食は一緒に食えそうだな」

薄っすらとカーテンのスキマから入る光に稟は目を覚まし。
体を動かそうとしたら後ろからガッチリ抱きしめられていて動けず。
それでもなんとか這い出ようとしたら相手も起きたらしく声をかけられる。

「……」
「なに?まだ怒ってる訳?」
「……いえ、体がだるいだけです」

本来ならいい香りに包まれて上級フカフカのベッドで心地よい
目覚めのはずだった。でも現実は全身に鈍い痛みでまったく心地よくない。
昨晩の出来事については何も言いたくない考えたくない、思い出したくもない。

「まさか3回目でねえ」
「やっぱりあれ1回じゃ」
「そろそろ着替えて母親の所に行ったほうがいいんじゃないか。
俺もチワ丸の所行ってやりたいしな。一緒にシャワー」
「お先にどうぞ」
「分かった。じゃあ、すぐ出てくるから」

不貞腐れてこちらに振り返らない稟の頬に軽くキスしてベッドから出ていく。
やっと開放されて自由になったけれど、体がダルいのはかわらない。
このままずっとベッドを独占していたいが母と朝食、そして見送りがある。
明らかに娘に調子悪そうにしていけば心配するだろうし。
それが松宮のせいだったら更に面倒なことになりそうだから元気な顔をしないと。


「本当に賢いのねチワ丸ちゃんは。おトイレもねんねもちゃんと
決められた場所でして、うちのと全然違う」
「育て方が違うからね。住んでる家も違うし」

お化粧をちょっとして顔色を少しでも良いように見せて母の部屋へ。
中に入るとチワ丸とすっかり仲良しな母は彼を抱っこして楽しそう。
最初は戸惑ったスイートルームでもゆっくり疲れを癒せたようだ。

「松宮さんにはお礼を言わないとね。彼はもうお仕事?」
「ううん、まだ。一緒に朝食食べてから行くって。今ちょっと電話中」
「実は土産にと思ってお饅頭買ってきてたんだけどね、やめておくわ。
とても田舎の饅頭なんて食べそうにないし、もっと美味しいもの沢山あるものね」
「私がもらうから。ありがとう、甘いもの欲しかった」
「そう。じゃあ、これどうぞ。何も用意できなくて恥ずかしくなっちゃった」
「来てくれただけでも十分。今度はお父さんも一緒に来て」
「それがね。松宮さんが稟と結婚前提にお付き合いしてるって言ったら
言葉にはしないんだけど、お父さん拗ねちゃって」
「え」
「ただ稟が都会の男に取られて面白くないだけなんだろうけどね。
都会にお嫁に行っちゃったら帰ってこないじゃない?
てっきり家で開業してトリマーさんをやるものだとばっかり思ってたから」
「今度帰ったらちゃんとお父さんと話すから」
「松宮さんもぜひ連れてきて。チワ丸ちゃんも」

いくら何でも揃う素敵な世界でも都会にずっと居るつもりはなかった。
何時か戻って家で開業。それは稟の目標でもあったけれど、大幅な予定変更。
今はまだ開業までの気持ちも実力もないから遠い未来の話しだけど。
曖昧に返してチワ丸に先に朝ごはんをあげてから母と朝食のため廊下に出る。
と、そこには松宮の姿もあって3人で移動。

「あれ。そういえば、崇央さん朝ごはん食べないんじゃ」
「だからって挨拶だけして帰るのも印象悪いだろ」
「でもフルーツばっかりって」

朝食バイキングはどれも魅力的。稟は何往復もして、
母親はデザートを取りに行った。

「あんたは朝からよくそんな山盛り食えるよな。母親が恥ずかしそうにしてたぞ」
「え。うそ」
「気づかないくらい夢中で皿にポテサラ乗っけてたからな」
「バイキングなんですから食べなきゃ損だと思って」
「お可愛いことで」
「馬鹿にして」
「でもあんたの食いっぷり見てると一口くらいは食べてもいいか」
「と言って私の前で口を開けるのはなんですか。食わせろと?」
「そう」
「……もう。はい」

あーん、と甘さ控えめのふんわりオムレツを一口食べさせてあげる。

「あらま。もう新婚さん?」
「お、おかあさんっ」

母が照れた顔でこっちを見ている。すっかり忘れてた。
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