リーダー・ウォーク

彼氏の実家に滞在する。

午後のメロドラマ的展開だとここで意地悪な姉、妹、或いは母親が登場して
何処の馬の骨か知れない田舎娘は散々イビられる。はず。
でも残念なことにこの家にはその手の人材はおらず、古株の家政婦さんたちも
最低限の会話しかしないが愛想はよくて恐らくは歓迎されている。

夕飯も私だけタワシだった。なんて事もなく平等に豪華なもの。
むしろ好物を聞かれてしまうくらい。

 長男さん、次男さん、三男さん相変わらず視線も言葉もかわさない。

 けれど私には、優しい。




「……おかしい」
「なあ稟。いいだろちょっとくらい」
「貴方に好意を寄せる従姉妹など居たりします?幼なじみでも」
「チワ丸。噛め」
「ぎゃん!……うう、アマガミでもちょっと痛い。チワちゃんけしかけるの無しっ」

 足元にじゃれていたチワ丸が私の足の親指をそろーっと噛み噛みする。
飼い主さんからどういう特訓を受けたのかは分からないが実に丁度いい攻撃。
 いや、可愛いチワ丸から攻撃されるなんて精神的に嫌なんだけど。

「俺との時間そんなに退屈?だったら女優でも雇って甚振ってもらうか?」
「だってこんな都合がよくて優しい世界があるなんて思わなくて。
後で傷つくのは嫌だから。最初から分かっていたほうがいいなって」
「傷つくのが嫌なのは俺も一緒だ。だからこそ、丁寧に扱ってるんだろ」
「丁寧な彼氏はわんこに彼女噛ませたりしません」
「痛い思いしたいんだろ」
「ごめんなさい。素直に甘えたら良いんですよね、松宮家の皆さんに」
「違う。俺とチワ丸に」
「……まあ、そのへんで」
「くっっそ」

 ソファに座って肩を抱かれて。雰囲気だけは良いが彼氏はそれはもう渋い顔をした。
美形の顔を歪ませて。それでも手は上げないしチワ丸もけしかけては来なかった。

「父もすごーく疑いながら来ると思うので。田舎者と思って気にしないでください」
「俺は都会に巣食う悪魔の手先か何かだと思ってるんだろ」
「自分たちの手の届く所に居てほしいと思ってるから。私もきっと親が心配になる。
崇央さんに迷惑をかけないようにしたいけど。その辺イライラさせるのは確実ですね」
「今すでに十分イライラしてる。せめてハグしてキスしてからでも良いのに。
ずっとよそ事考えてさ。俺の仕事の話とかチワ丸の新しい技もみてくれない」
「え!?また新しい技を習得したんですか!?凄すぎる!チワ丸ちゃん天才すぎでは!?」
「だから。ふつーのチワワと一緒にするなって言ってるだろ。見る?」
「絶対見る。動画撮る!……、の前に。…崇央さんにハグされてキスする」
「忙しい女だな」

 呆れつつもギュッと正面から抱き寄せられてキスをする。
 経験無いからあまり比べられないけど、上手なんだろう。
 こっちはただただ目を閉じてされるがまま。

 それからチワ丸の新特技を動画に撮影して大盛りあがり。

「今度ラン行ったら披露しましょう」
「可愛いことか美犬が寄ってくるのは良いけど変な婆さんが一緒だとなぁ」
「チワ丸ちゃんのラン友は絶対欲しいですし、何れは彼女も欲しいでしょう?」
「彼女?俺が我慢してる横でイチャイチャするんだろ。チワ丸には早い」
「拗ねてる」
「誰のせいだろうねぇ」
「滞在中は一緒にお風呂とかも入りましょうって言おうと思ったけど」
「言わなくても一緒に入る。あんたの送り迎えもする。朝の挨拶も絶対する。
寝る前にはこうして一緒に過ごす。疲れて無かったら俺の部屋で寝る」
「……うわ」
「なにか?」
「いいえ。……い、いちゃいちゃしましょうねぇ」

 彼氏との楽しい予定を聞いて一瞬フラッとしたのは疲れ?
それとも私の気の迷いでしょうか。

「ちなみに稟。今夜は?」
「明日父が来ますから早めに休みとうございます」
「それもそうか。……何その喋り方」
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