初恋ブレッド
そっと足を上げると。

出てきたのは、よくずれる田代の眼鏡じゃないか。
ぐにゃっとねじ曲がったそれを拾い上げ、俺は頭を抱えた。

「こんな所に置いて寝るな」

人の家だから言う資格はないのだけど……。
派手に歪んだフレームを少しでも直せないかと、その場に座り込み悪戦苦闘。
すぐにダメだこりゃと投げ出した。


まだ夢の中にいる田代の寝顔を見つめる。
大介が可愛いとか言って飛びついてたっけ。
今更だよな、俺はもっと前から知ってたし。
眼鏡の有り無し関係なく、可愛い奴だとは思うけど。

……入社した頃から本当、一生懸命な子だと思って応援していたんだ。
それにいつも難しい顔をしながら美味そうなパンを食べていて、ずっと気になっていたというか。
念願叶ってまさかの手作りに驚きながら食べた田代のパンは、優しい味がした。
嫌な顔一つせずに毎日俺の分も作ってくれて、自惚れかも知れないがある日気づいた彼女の気遣い。
必ず二種類あるパンは惣菜と菓子パンであること、しっかり腹に溜まる工夫が凝らされていたこと。

こういうのに男は弱い。
それで、いつも寄るコンビニでパンの変わりに買うようになったのは、田代の好きそうな物。
俺にだけ見せる笑顔が優越感で、毎朝からかうのが楽しみだった。



顔にかかる胡桃色の髪をサラサラとすくと、パンみたいに膨らませていた頬があらわになる。
突っついてみると柔らくて、ぷにぷにしていて、思わず笑みが溢れた。
美琴は、パンなんかよりも美味そうだな。

なんて考えてしまう俺、本当どうした。

戸惑いながらも頬の弾力が癖になり、むにむに摘まんでいると、とうとう目覚めてしまったようだ。

「ふあぁーっ」

眠そうに目を擦りながら大あくびをして、もぞもぞ起き出す。
バチっと目が合うと寝ぼけ眼でじっと見つめられて、突っついていたのがバレたのかと冷や汗をかいた。

「…………みやうちぶちょう?」

「……お、おはよ」
「おはようございます」

丁寧に頭を下げてから手探りで探し出したのは、きっと。

「めがね……」

だよな、何から謝ろうか……。

「ごめん、田代。実は……」
「……あぁ!あはは。別にお前でも美琴でもかまいませんよ、気にしないでください」
「え?」
「もう私にまで、気を使うことないですから。ちょっと怖かったけど、宮内部長だから大丈夫」
「……」
「昨日部長がしたことは、誰にも言わないです!」


……なにをした、俺。
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