初恋ブレッド
二人はこれから製造の様子を見にいくらしく、食堂で別れて私は幸せな気持ちでオフィスへ戻った。
デスクに向かい気合いを入れ直して腕捲りをする。
そんな私を見て、白坂先輩がクスクスと笑いだした。

「なにその格好。ブカブカじゃない?」
「……これはっ」
「あぁ、もしかして噂の平出部長?それとも佐々木先輩の?」
「いえ……」
「田代さん、自重しないから心配してるのよ?」
「……っ」

笑いが広がる総務部。
私の書類とパンの犯人はこの中にいる!
気がする。
噂の根源もココだろうな……。
初めから煙たがられてはいたけれど、なぜ突然こんな酷いことをするのかわからなくて、うーんと唸り白坂先輩を見つめてみると眉間に皺を寄せて睨まれた。

「なに?文句でもあるの?」
「はっ、いえ!すみませんっ」

皆には笑われたけれど。
時々垂れ下がってくるカーディガンの袖を捲りながら、その度に頭の中はお花畑。
緩む頬を抑えて社内通達文の書類、営業部から頼まれた出張の手続きや備品類の発注作業に勤しんだ。

3時になり、給湯室で一人お湯を沸かす。
いつもは白坂先輩も一緒なのだが、急ぎの仕事があるそうで手が離せないらしい。
急ぎならと手伝いを申し出たのだが、悲しいことに断られてしまった。

それにしても。

「はぁ。お腹すいたなぁ」


「飴食べる?」


「……部長っ!」
「ほら手出して」
「ありがとう、ございます」

私が掌を広げると、ポケットから飴を取り出しバラバラと乗せる。
びっくりした……。
独り言を聞かれたうえに食べ物を恵んでもらうなんて恥ずかしい。
せめてもう少しマシな呟きだったら……。
宮内部長、神出鬼没です。

「美琴、俺になんか言うことない?」
「言うことですか?なんだろ……?」

私に向けられた眼差しがあまりにも進撃で、嫌な予感が頭をよぎる。

「まさか私っ、なにかミスしました!?すみませんっ」
「そうじゃなくて……」
「え?」
「……はぁ」

部長は溜め息を吐いてガックリと肩を落とし、長い前髪を掻き上げた。
なんだか弱々しい目つきにドキッとしたのもつかの間、ヤカンの音が鳴り慌ててガスを止める。

「俺の、ブラックにしてもらえる?」
「わかりました。珍しいですね」
「……うん。ちょっとね」
「忙しいんですか?」
「いや。まぁ、……凄く複雑な構造らしくて。よくわからないんだよね」
「あの、もしなにか手伝えることがあれば言ってください!」
「……はぁ。ありがとう」
「大変ですね……」
「……ホント。大変ですよ」

部長は気だるそうに笑って、眉を下げた。
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