初恋ブレッド
ぐちゃぐちゃに踏み潰されたパンとビリビリに破かれた書類。

お昼の休憩も終わりに近づき人のいなくなった食堂で、あまりの出来事に私は呆然とゴミ箱に視線を落とした。
……そういえば私、財布だけ持って慌てて出たからロッカーに鍵をかけなかったんだ。

噂や陰口なら我慢できるけれど、頑張った仕事をこんなふうにされるのは悔しい。
震える右手をぐっと握り唇を噛む。
いつも大きな窓からたくさんの光が入る食堂も、今日はやけに暗くて私にピッタリの陰湿さ。
ゴミ箱から拾い上げる力も出なかった。



「田代さん髪型可愛い~!」
「わっ!?」
「大介、飛びつくな」

突然声がして振り向くと、出入口とは別方向から歩いてくる宮内部長と佐々木先輩……。
誰もいなかったはずなのに。

「どこから……?」
「あぁ、あそこから外に出て煙草吸ってたんだよ」
「なるほど」

佐々木先輩が指差したのは食堂の隅にある勝手口。
私なんかには馴染みがなかったが、喫煙する人はそこから出入りしているらしい。
二人からは煙草の濃い香りがして、私はなんだか胸がドキドキした。

「ねぇ田代さーん、俺にもパン作ってよ」
「え?佐々木先輩もパンが好きだったんですか?」
「パンというよりも田代さんの手作りが食べた……いってぇー!?」
「大介にやる分はない」
「それはズルイって!つーか、いちいち叩くな」
「俺のパンを食った罪は重いんだよ」
「それまだ引っ張るの?」

二人のやり取りを見ていると心が和む。
ゴミ箱の悲惨な光景がどうでも良くなってきた。

「宮内部長、パンとなると本当に……。ふふっ」
「田代さん騙されてるよ!司の狙いは、いって!」
「あんまり余計なこと言うな」
「あははっ、部長も先輩も本当に仲良しですね」
「司と仲良しって。なんか嫌な表現だな……」
「気持ち悪いからやめてくれ」
「ふふっ」

「笑いすぎだ」と宮内部長にタンコブを叩かれそうになり反射的に目を瞑る。
しかし部長は髪を掻き分けながら、どうやら腫れが引いたか確認しているようだった。

「……でも田代、なんでこんなに濡れてるんだ?」
「あ、いやぁ。あはは」
「昼もずっといなかったし、どこ行ってたの?」
「ちょっとお使いに……」
「「はぁ?」」

優しい部長と先輩に心配をかけたくなくて「急ぎのお使い」とだけ伝え、後は笑って誤魔化した。

「ってか田代さん、滴ってセクシーだけど寒くないの?」
「カーディガンも濡れちゃって。大丈夫です」

幸いブラウスまでは透けてないし乾くまでの辛抱、なんて思っていたらすかさず部長に睨まれる。

「大丈夫って……。また熱出すのは勘弁だぞ」
「ほっ、本当にっ」
「これ着てろ」

今の今まで部長が着ていたカーディガンを目の前で脱ぎ始め、私はもう大慌て。

「だだ、大丈夫ですって!」
「っ田代さん。マジで風邪ひくから、悔しいけど司の着てな?」
「そんなっ」
「田代。言うこと聞けないなら大介の筋肉で温めてもらう?」
「あっ、それいい!ナイス司」

「着ます!お借りします!」


そっと腕を通すと、温もりに目眩がする。
……また借りるなんて思わなかった。
宮内部長の、グレーのカーディガン。

あの時感じた、メンソールと深い……、煙草の香りかな。


まるで、部長に守られているみたい。
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