女神は片目を瞑る~小川まり奮闘記②~
コホン、と空咳をして、小さな声で桑谷さんが言う。
「接客中だ」
私はわざと目を大きく開けて、たまたま人通りの途絶えた鮮魚売り場を見回した。お客様はどこ?
彼は目を伏せてため息をついた。
「――――――・・・訂正。仕事中だ」
私は目を細めて口元で笑った。自分でも皮肉な笑顔だろうと思った。
「・・・確か以前、似たようなことをあなたにされたわね」
ようやく私に体ごと向き直り、肩をすくめて彼は言った。
「それで、君は俺を追い払った」
「『こうでもしなきゃ、君が捕まらない』ってあなたが言った」
「『公私混同は恥ですよ』って返されたんだったな」
私は下を向いてため息をつく。
そばに来ていたお客様が通り過ぎるのを黙って待っていた。
お互いの記憶力が確かなのはわかった。
あの時の私と同じように、マーケットの社員さんやバイトさんたちの視線を彼が気にしているのにも気付いていた。だけどそんなこと、今の私は気にしない。
「・・・何がどうなっているのか、今日中にちゃんと説明してちょうだい。でなきゃ――――――」
言葉を切った私を、彼はいぶかしげな顔をして見る。首を傾げていた。
「あなたは私を失うことになる」
私はゆっくりとそう言ってから、挑戦するかのように笑顔を見せた。