女神は片目を瞑る~小川まり奮闘記②~


「・・・俺と結婚しないってことか?」

 声を更に小さく低くして、桑谷さんが言った。細めた目が表情を変える。

 私は小さく微笑んだまま言葉を繋ぐ。

「いえ、失うの。そのままの意味で」

「・・・仕事を辞めて、部屋も解約して、行方をくらます?」

「そうね」

 デパ地下の喧騒が遠のいた。空気の中に緊張が満ちる。

「―――――俺はまた君をみつける」

「前と同じ手は使えないわ」

 桑谷さんは私の返答に口元だけで笑った。本格的に機嫌を損ねたのが判った。

「少し時間がかかるかもしれない。・・・・だが、必ず見つける」

 私は笑顔を消し、彼をじっと見詰めた。

 そしてゆっくりと言った。

「その時には、私は既に他の男の妻になっている」


 一瞬ハッとしたような表情で私を見たあと、目を伏せて額を腕でぬぐい、彼は長いため息をついた。


「・・・・・今晩、君の部屋に行く」


 私は一度頷いて、鮮魚売り場を離れた。

 心臓はドキドキいっていたけど、目的は達成した。これで彼は私から逃げられない。

 周囲の視線を浴びながら、営業用のスマイルを貼り付けて自分の売り場へ戻る。

 心の底から思った。

‘可愛い女’なんて、クソ食らえ。


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