女神は片目を瞑る~小川まり奮闘記②~
「・・・・俺はストレスがいっぱいなんだ。怒った顔でなくて、笑顔を見せてくれないか」
私の左頬に当てられた彼の手から石鹸の匂いがした。魚を扱うので、仕事が終わるとかなり強力な石鹸で手を洗っているのを知っている。
笑うどころか何も反応が出来なくて、無表情のまま彼を見詰める。
「―――――え?」
至近距離で私を見ていた彼が、やれやれと呟いてまたため息をついた。
「・・・・今晩は、突然来て、抱きしめ、気が済むまで君を味わおうと思ってたのに」
「そんな勝手な」
ゆっくりと顔を近づけて、目を開けたままで桑谷さんがキスをした。唇を押し当てて、舌で舐める。あまりにも丁寧なやり方だったので、私はつい拒絶するのを忘れてしまっていた。
少しだけ唇を離して彼は言う。
「・・・男なんて勝手な生き物だって、確か君が言ったはずだな」
声が笑っていた。その声に微かな色気を感じ取ってぐぐっと体が熱くなるのが判ったけど、私はそれを無視した。
ここで丸め込まれてはいけない。ダメよ、いや、ほんと。何とか体をよじって逃げようとする。
「今晩はダメ」
「どうして?」
すぐに腰に回ってきた左手で捕まえられてしまった。強く引き寄せられて、私は動きを封じられてしまう。
「・・・イライラしてるから」
「嫌なのか?」
「そう」
「ふーん?」