憂鬱な午後にはラブロマンスを
洋介の冷たい目に珠子は仕方なく頷いてしまった。
「だけど、出社初日から残業だと奥さんが心配しないの?」
「君には関係ないことだ」
つい余計な事を言ってしまったと珠子は気まずくなった。
洋介の再婚相手の心配をしているつもりはなかった。ただ、一言厭味っぽく言いたかった。そんな気分だった。
なのに、洋介に冷たくされて珠子は居た堪れなくなってしまった。
「そうね。私には関係ないことだわ。打ち合わせはこれで終わりなら自分のデスクへ戻ってもいいですか?」
「ああ」
洋介の素っ気ない態度に珠子は心が傷ついてしまう。
いそいで資料を持ち会議室から出て行こうとした時、洋介に「珠子」と呼び止められた。
甘く切ない声で呼ばれているようで胸がキュンとなってしまった珠子だが、洋介は上司として部下を呼び止めただけだと自分に言い聞かせた。
けれど、それならば「珠子」とは呼んで欲しくなかった。
「名前で呼ばないで」
「旧姓に何故戻さなかった? 同じ遠藤だから呼び難いだろ」
その質問には答えられなかった珠子はそのまま部屋を出て行こうとした。
すると洋介が椅子から立ち上がり熱い目で珠子を見つめた。
「今夜はデートなのか?」
「残業しますからご安心下さい」
珠子は部長相手の会話だと忘れないようにその場に応じた答えしか口に出さなかった。