女神は夜明けに囁く~小川まり奮闘記③~
1年と3ヶ月しか居なかった。
だけどその間、何とたくさんの事があった職場だったか。
面白かった。
近いので、いつでも遊びに行けるからと、送別会はやめてもらった。そんなことされたら来難くなる。
「本当にお世話になりました」
低く頭を下げて、福田店長に挨拶をする。
今生の別れでもないのに、店長は涙ぐんでいた。私は竹中さんとそれを笑う。
「仕事も金もなかった私を拾って下さった恩は一生忘れません。お陰で、桑谷さんとも出会えましたから」
そう言うと、今度は照れていた。何て可愛い人なんだ。
さらりと手だけを振って、私は売り場を後にする。
店員通用門で販売員の入店許可証を返し、ドアをあけて外に出た。
予感はしていた。
だから、また壁にもたれる長身の姿を見て、笑ってしまった。
そういえば、この人が初めてここで私を待っていたあの夜、それが全ての始まりだったんだ。
あの晩彼に抱かれて、今への道に繋がった。
まだ長髪だった桑谷さん。呪いも解いてなくて、夜中に怯えて飛び起きることがあった彼。
ここで、同じように私を待っていて、黒いTシャツに緑のカーゴパンツ姿で、見下ろして口元で笑っていた。
その人が、今ではもう私の夫に。
私は右手を差し出す。彼がそれを取って包み込む。