イジワル同期とスイートライフ
ツアーの報告は、ゆうべのうちに花香さんから関係者に展開された。

集合場所に来ない、連絡がつかない、パスをホテルに忘れてくる、などの参加者自身が起こしたトラブル以外、アクシデントらしいアクシデントはなかった。

花香さんが練りに練ってくれたプランのおかげで、過密でないゆったりとした東京見学を楽しんだお客様一行は、全員が無事に、ホテルに送り届けられた。



『たいしたもんだよな』



今朝、控え室で久住くんが、感心したように言ったのもうなずける。



「久住さん、シーバーは?」

「俺、今日はアテンドに集中したいから、つけたくないんだ、いいかな」

「ではスタッフがなるべく近くにいるようにしますね」

「ごめん、なにかあったら携帯かスタッフ経由で呼んで」



ふたりが話しながら戻ってきた。

久住くんが腕時計を確認してから、私に向かって言う。



「黒沢さんたち、まだ遅れてんの」

「幸枝さんはタクシーに切り替えたって」



運の悪いことに今朝、火災で都内の電車の運行がめちゃくちゃになり、8時になろうとしている今も復旧していない。

泊まり込みだった私や代理店さん、アテンドのためお客様と同じホテルに泊まった久住くんは難を逃れたものの、関係者の多くが足止めをくらっている。

まあ時間にも運営にもゆとりはあるし、大事には至らないだろう。

久住くんが、マニュアルで須加さんの背中を叩いた。



「六条といてやって。ひとりでさばける量じゃなさそうだ」

「承知です」



現場慣れしている久住くんは、電車の影響で手薄になった私たち国内営業に加わって、一時的に運営スタッフとして全体を見てくれている。

次になにをすべきか、完全にわかっている人の動きで、またどこかへ去っていく姿を見ながら、自分がこの日を、すごく楽しみにしていたことに気がついた。


一緒に仕事をするようになって、その働きぶりに憧れて。

当日が来れば、本番の緊張感と興奮を共有できるんだと思っていた。

運営とアテンドと、お互いの業務をこなしながら、行き合ったときには声をかけ合ったり、控え室でつかの間の息抜きをしたり。


今はもう、そんなささやかな瞬間を楽しめる関係じゃない。

それだけのことが、驚くほどつらい。


これが、素直になれなかった報い。



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