イジワル同期とスイートライフ
私たちが準備しているのは、『全国特約店会議』と呼ばれる一大イベントだ。
二年に一度行われ、私たちと販売契約を結んでいる日本各地の特約店が一堂に会し、丸二日間を使って、マーケティングや広告宣伝の事例を共有する。
もう10回以上続いている伝統行事で、三日目には優秀セールス表彰といった式典もあるため、準備することは膨大。
そして今回は初の試みとして、海外の特約店も招待することになったのだ。
それに伴い、イベント名も『ワールド・ディストリビューターズ・ミーティング』略して『WDM』、と世界規模、かつ横文字になり、国内部門の不興を買っている。
海外も呼ぶべきだと言いだしたのは国内営業部のほうなのに、こんなことくらいでへそを曲げなくても、と私くらいの世代は正直、思う。
『てわけでさ、過去の資料と今回のフォーマット、用意できる?』
「できる…けど、資料のほうはちょっと時間が欲しい」
『どのくらい?』
私は、過去の資料をそのまま渡すことはできず、部外秘の箇所を消さなくてはならなくて、修正後の内容も、作成元に承認をもらう必要があるであろうことを説明した。
久住くんは、しばらく黙ってしまった。
『部外秘ったって、提携契約も結んだ、同じ販社の立場の相手だぜ。秘密保持だって当然契約に含まれてる』
「心理的部外秘って言ったほうが正しいかなあ。"知られてもいいが、教えたくない相手"にあたるんだよね、国外の特約店は」
『…まあ、お前が言うなら、そうなんだろうな』
「ごめんね、いろいろ神経質で」
バカバカしい気遣いと言いたいであろう、久住くんの感覚もわかる。
一緒に仕事をするようになって知ったけれど、国内と海外では、メーカーと特約店の力関係が、そもそもまったく違う。
海外では純然たるビジネスパートナーだけど、国内のつきあいは、泥臭い昔ながらの仁義と義理と、商品を製造しながらも、「売ってくださっている」特約店にへりくだらざるを得ない、メーカーの複雑な立ち位置で成り立っている。
『大変そうっていうか、厄介そうだな』
「私ね、最初にこの会議に海外を呼ぶって言いだした人は、ここまでギャップがあるってことを知らなかったんだと思うの」
『誰が言いだしたんだ?』
「うちの部署」
『ご愁傷さん』
心のこもっていないお悔やみをもらい、受話器を置いた。
こんな感じで、微に入り細にわたって文化の違いが顔を覗かせ、部署間の確執も手伝って、濃い泥の中を胸まで浸かって歩いているような、一歩進むのにも途方もない労力と気力を必要とする状態なのだ。
二年に一度行われ、私たちと販売契約を結んでいる日本各地の特約店が一堂に会し、丸二日間を使って、マーケティングや広告宣伝の事例を共有する。
もう10回以上続いている伝統行事で、三日目には優秀セールス表彰といった式典もあるため、準備することは膨大。
そして今回は初の試みとして、海外の特約店も招待することになったのだ。
それに伴い、イベント名も『ワールド・ディストリビューターズ・ミーティング』略して『WDM』、と世界規模、かつ横文字になり、国内部門の不興を買っている。
海外も呼ぶべきだと言いだしたのは国内営業部のほうなのに、こんなことくらいでへそを曲げなくても、と私くらいの世代は正直、思う。
『てわけでさ、過去の資料と今回のフォーマット、用意できる?』
「できる…けど、資料のほうはちょっと時間が欲しい」
『どのくらい?』
私は、過去の資料をそのまま渡すことはできず、部外秘の箇所を消さなくてはならなくて、修正後の内容も、作成元に承認をもらう必要があるであろうことを説明した。
久住くんは、しばらく黙ってしまった。
『部外秘ったって、提携契約も結んだ、同じ販社の立場の相手だぜ。秘密保持だって当然契約に含まれてる』
「心理的部外秘って言ったほうが正しいかなあ。"知られてもいいが、教えたくない相手"にあたるんだよね、国外の特約店は」
『…まあ、お前が言うなら、そうなんだろうな』
「ごめんね、いろいろ神経質で」
バカバカしい気遣いと言いたいであろう、久住くんの感覚もわかる。
一緒に仕事をするようになって知ったけれど、国内と海外では、メーカーと特約店の力関係が、そもそもまったく違う。
海外では純然たるビジネスパートナーだけど、国内のつきあいは、泥臭い昔ながらの仁義と義理と、商品を製造しながらも、「売ってくださっている」特約店にへりくだらざるを得ない、メーカーの複雑な立ち位置で成り立っている。
『大変そうっていうか、厄介そうだな』
「私ね、最初にこの会議に海外を呼ぶって言いだした人は、ここまでギャップがあるってことを知らなかったんだと思うの」
『誰が言いだしたんだ?』
「うちの部署」
『ご愁傷さん』
心のこもっていないお悔やみをもらい、受話器を置いた。
こんな感じで、微に入り細にわたって文化の違いが顔を覗かせ、部署間の確執も手伝って、濃い泥の中を胸まで浸かって歩いているような、一歩進むのにも途方もない労力と気力を必要とする状態なのだ。