予告が始まってから人影が最後列まで階段を駆け上がってきた。

一瞬彼かと喜んだけれど、
よく見るとその手には大きなポップコーンとジュースがセットされた入れ物がにぎられていた。

思わず舌打ちが出そうになる。

その人は、そのまま進み、さっきまで空席だった私の隣に座った。

がたがたと音を立てて、荷物をセットするその様に鳥肌が立つ。

何一つ悪い事なんてしていないのに、
全て壊れて消えればいいのにと切に願っていた。

次から次へと喜怒哀楽の様変わりが画面に映し出される。

彼のいない世界で目にする映像は、全て同じに見えた。

10分程経ち、本編に入るというのに彼が戻ってくる様子は無かった。

カバンを手にし、立ち上がる。

「すみません…。」

小さく屈みながら、狭い通路を通り過ぎ、階段を駆け下りた。
彼が好きだと言っていた高いヒールの靴のせいで、一歩踏み出すたびに足が痛んだ。

劇場の外に彼の姿は無かった。

急いで携帯で彼に電話をする。
けれど繋がらない。

「どこにいるの。」

トイレの方に向かうと、微かに話し声が聞こえてきた。

男性用トイレの中から、嬉しそうに笑う聞き覚えのある声が漏れていた。

「そうそう…だから…そうなんだよ!うん…可哀想だよなあ。ああ…」

途切れ途切れでも、確かにその声は彼のものだった。

こんな風に楽しそうに笑っている声を、しばらく聞いていなかったことに気づいた。

「今?あー平気…うん…いや、どうしてもって言われて。ごめん。」

彼に対する執着と愛情が駆り立てる猜疑心が沸き立つ。

「埋め合わせは絶対するって…行こう行こう。…ちゃんもね。」

最後に出された名前を聞いてカバンを落としそうになった。

「え…?」

何度も相手の女の顔を思い浮かべていたけれど、一度も彼女のことは考えていなかった。

ドクドクと体中の血が勢い良く流れるのを感じ、顔が熱くなる。

気がつくと彼の真横に立っていた。

驚いたように彼が鏡越しに私を見ている。

「えっ…?どうしたの。」

電話からまた馴染みのある声が漏れてくる。

「もしもーし?どうしたのー?あれ?」

鏡に映る彼の、その歪んだ表情が全てを表していた。

踵を返し、何も言わずに映画館を出た。

駅まで向かう途中に、何度も何にも体を引かれてもいないのに立ち止まりそうになる。
彼が追いかけてくれる期待ばかりが頭をよぎっていた。
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