そこの角を曲がれば、始まる非日常
いつもと違う月曜日
雲一つない綺麗な青空。もう初夏だけれど、早朝の空気は肌に心地よい冷たさを与えてくれる。
高橋優実はいつもの出勤時間よりも一時間早く、オフィスの最寄り駅に着いた。
毎週月曜日。OLにはちょっと憂鬱な一週間の始まりの日。そんな月曜日がちょっとだけ楽しみになったのは、オフィス近くの裏道に小さなベーカリーを見つけてからだった。
毎週月曜日の7時と12時の2回、15個ずつ限定で販売される『サクふわメロンパン』。その名の通り、外側がサクっとしたクッキーに包まれたふんわりとした優しい味のメロンパン。憂鬱な週の始まりの月曜日をちょっとだけ幸せな気持ちで過ごせる魔法のパン。
朝にそのサクふわメロンパンを買って、オフィスでメールチェックをしながら食べるのが月曜日の日課になっている。
限定15個しか販売されないが、幸いにも知る人ぞ知る隠れ家のような小さなベーカリーなので、今まで買えないことはなかった。
今日もいつものようにあのベーカリーに向おうと、大通りの角を曲がった瞬間。
優実は全身に大きな衝撃を受け、後ろに倒れ込んだ。倒れる瞬間、ふわっと優しい甘い香りがした。
この香りはー……
「サクふわ、メロンパン……?」
自分の身体に影がかかり、ふと上を見上げると、目深にキャップを被った男性が優実に手を伸ばしていた。
「ごめん……!急いでて!怪我、ない?」
「は、はい」
反射的に男性の手を取ると、ぐいっと引き寄せられる。
キャップの影になって顔はよく見えないが、心配そうな表情をしていた。
ああ、角を曲がる時にこの男の人にぶつかったんだ……
状況を理解して周囲を見回すと、倒れる前に感じた甘い物香りの正体に気付く。
「あっ!サクふわメロンパン……!」
男性が持っていたであろう紙袋から無数のメロンパンが転がり落ちていた。
「え?君、なんでメロンパンを……って、ああ!?」
男性も状況に気付き、慌ててメロンパンを拾っている。
だがぶつかった衝撃でぺちゃんこに潰れたメロンパンはとても食べれる状態ではない。
「ああ、どうしよう……これで最後だったんだよな……新、怒るかな……うわあ、どうしよう」
朝の分のサクふわメロンパンは売り切れてしまったらしい。困った様子の男性を見て、優実は気の毒に思った。
ぶつかったのは優実のせいでもあるし、このメロンパンの美味しさは誰よりも知っている。
「あの……もし良かったらお昼にあなたの分もサクふわメロンパン買いましょうか……?」
「え?」
優実の突然の申し出に男性は困惑しているようだった。
「このメロンパン、朝だけじゃなくて、13時にも売ってるんです。私、またお昼に買いに行く予定ですし……お急ぎなんですよね?」
「でも、俺これから予定があって昼には取りに来れないんだけど」
「もしご迷惑じゃなければお届けしますよ。その……ぶつかってしまったのは、私の不注意もありますし……」
「……本当にいいの?すっげえ、助かる。これないと機嫌悪くなる奴がいて、無いと困るんだ」
男性はよっぽど安心したのか、胸に手を当ててはー、と息を吐き出した。
ゆっくりと顔を上げた男性は満面の笑みを浮かべている。
(あれ……?)
ゆるいパーマのがかった栗毛。人懐っこそうな整った顔。どこかで見た覚えがある。
「っと、悪い!そろそろ行かないと……君の名前聞いてもいい?」
「高橋……優実です。あの、メロンパンはどちらに届ければいいですか?」
「ああ、隣町のテレビ局……受付に君の名前伝えておくから……えっと、タカハシユーミさん。ごめんね、よろしく!」
結局その男性をどこで見たのか思い出せないまま、男性はキャップをさらに深く被り直すと駅の方へ走り去って行った。
「テレビ局……?ADさんとか、かな」
隣町のテレビ局と言えば、東京で一番大きなテレビ局だ。
男性のラフな服装を見ると、きっと番組製作者なんだろう。
あのテレビ局なら電車で一駅。お昼休みにサクふわメロンパンを買って行って帰ってくることが充分可能だ。
メロンパンは買えなかったが、いつもとは違う月曜日に、優実の心は少しだけわくわくしていた。
まさかこの出会いが人生を変えるとは、この時はまだ知らない。
高橋優実はいつもの出勤時間よりも一時間早く、オフィスの最寄り駅に着いた。
毎週月曜日。OLにはちょっと憂鬱な一週間の始まりの日。そんな月曜日がちょっとだけ楽しみになったのは、オフィス近くの裏道に小さなベーカリーを見つけてからだった。
毎週月曜日の7時と12時の2回、15個ずつ限定で販売される『サクふわメロンパン』。その名の通り、外側がサクっとしたクッキーに包まれたふんわりとした優しい味のメロンパン。憂鬱な週の始まりの月曜日をちょっとだけ幸せな気持ちで過ごせる魔法のパン。
朝にそのサクふわメロンパンを買って、オフィスでメールチェックをしながら食べるのが月曜日の日課になっている。
限定15個しか販売されないが、幸いにも知る人ぞ知る隠れ家のような小さなベーカリーなので、今まで買えないことはなかった。
今日もいつものようにあのベーカリーに向おうと、大通りの角を曲がった瞬間。
優実は全身に大きな衝撃を受け、後ろに倒れ込んだ。倒れる瞬間、ふわっと優しい甘い香りがした。
この香りはー……
「サクふわ、メロンパン……?」
自分の身体に影がかかり、ふと上を見上げると、目深にキャップを被った男性が優実に手を伸ばしていた。
「ごめん……!急いでて!怪我、ない?」
「は、はい」
反射的に男性の手を取ると、ぐいっと引き寄せられる。
キャップの影になって顔はよく見えないが、心配そうな表情をしていた。
ああ、角を曲がる時にこの男の人にぶつかったんだ……
状況を理解して周囲を見回すと、倒れる前に感じた甘い物香りの正体に気付く。
「あっ!サクふわメロンパン……!」
男性が持っていたであろう紙袋から無数のメロンパンが転がり落ちていた。
「え?君、なんでメロンパンを……って、ああ!?」
男性も状況に気付き、慌ててメロンパンを拾っている。
だがぶつかった衝撃でぺちゃんこに潰れたメロンパンはとても食べれる状態ではない。
「ああ、どうしよう……これで最後だったんだよな……新、怒るかな……うわあ、どうしよう」
朝の分のサクふわメロンパンは売り切れてしまったらしい。困った様子の男性を見て、優実は気の毒に思った。
ぶつかったのは優実のせいでもあるし、このメロンパンの美味しさは誰よりも知っている。
「あの……もし良かったらお昼にあなたの分もサクふわメロンパン買いましょうか……?」
「え?」
優実の突然の申し出に男性は困惑しているようだった。
「このメロンパン、朝だけじゃなくて、13時にも売ってるんです。私、またお昼に買いに行く予定ですし……お急ぎなんですよね?」
「でも、俺これから予定があって昼には取りに来れないんだけど」
「もしご迷惑じゃなければお届けしますよ。その……ぶつかってしまったのは、私の不注意もありますし……」
「……本当にいいの?すっげえ、助かる。これないと機嫌悪くなる奴がいて、無いと困るんだ」
男性はよっぽど安心したのか、胸に手を当ててはー、と息を吐き出した。
ゆっくりと顔を上げた男性は満面の笑みを浮かべている。
(あれ……?)
ゆるいパーマのがかった栗毛。人懐っこそうな整った顔。どこかで見た覚えがある。
「っと、悪い!そろそろ行かないと……君の名前聞いてもいい?」
「高橋……優実です。あの、メロンパンはどちらに届ければいいですか?」
「ああ、隣町のテレビ局……受付に君の名前伝えておくから……えっと、タカハシユーミさん。ごめんね、よろしく!」
結局その男性をどこで見たのか思い出せないまま、男性はキャップをさらに深く被り直すと駅の方へ走り去って行った。
「テレビ局……?ADさんとか、かな」
隣町のテレビ局と言えば、東京で一番大きなテレビ局だ。
男性のラフな服装を見ると、きっと番組製作者なんだろう。
あのテレビ局なら電車で一駅。お昼休みにサクふわメロンパンを買って行って帰ってくることが充分可能だ。
メロンパンは買えなかったが、いつもとは違う月曜日に、優実の心は少しだけわくわくしていた。
まさかこの出会いが人生を変えるとは、この時はまだ知らない。