明日へ馳せる思い出のカケラ
第19話 救えない馬鹿
 生死の境を彷徨うほど自分は苦しんでいるのに、どうして親友である君は愛情という温もりに包まれて穏やかに生活していられるのか。きっと彼女はそう思ってしまったんだろう。

 生きる希望にすがりたいのに、自分にはその未来がどこにあるのか分からない。

 そんな深い苦しみに悩まされ続ける彼女にしてみれば、そのすぐ近くで幸せそうに話をする君に嫉妬するのは必然の感情だったのかも知れないからね。
 またそんな彼女のつらい想いに同情する余地は十分に存在するはずなんだ。でもそれだけが理由で彼女は俺と君との間を引き裂いたというのだろうか。

 俺は思うんだ。少なくともそこには彼女なりに思い描く恋模様が存在したんじゃないのかってね。
 だって異性との交際経験が無かった彼女にしてみれば、恋に焦がれる想いは人一倍強かったはずだからさ。

 病を忘れさせてくれるほどに熱く、疲れた心を柔和に癒してくれる甘い愛情に包まれた生活。
 彼女はそんな幻影を思い描いていたんだろう。そしてその希望を手に入れる為に、彼女はいつしか俺の事を本気で求める様になっていたんだ。

 恐らくその時の彼女が俺に向けた想いは本物だったんだろうね。ただその理想が高過ぎたがあまりに、彼女は現実の恋愛に幻滅してしまったんだ。ううん、それを追い求めたが故に、彼女はより俺に求め続けてしまったんだよ。

 でも残念な事に、俺にはその期待に応えるだけの資質が無かった。
 日増しに強まる彼女からの愛情を理解していたにもかかわらず、俺はその気持ちを受け止められなかったんだよ。

 だって俺は初めから【それ】に気付いていたんだからさ。だから俺は最後まで彼女に冷たくしてしまったんだよね。

 就職祝賀会の会場で彼女を見た瞬間に、俺は直感として理解していたんだ。
 理屈なんてどこにもない。俺の心が感じ取ったんだよ。彼女の胸の内に潜むねたみから生まれた【嘘】っていう暗い影をね。

 彼女は全部を知っていた。俺と君の関係がうまくいっていないって事を。
 就職活動に行き詰まっていた俺が、ヒステリックに感情を取り乱したことが君と別れた一番の原因だったんだって理解はしている。
 でもその一端は間違いなく彼女との過ちから生まれた罪悪感だったって断言出来るんだ。そしてそれを彼女も分かっていた。俺と君の間に生じた亀裂の訳が、自分にあるんだって彼女は良く理解していたんだ。
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