明日へ馳せる思い出のカケラ
第22話 動き出した時間
 激しい暴行を受けた影響で体が唸るほど痛い。
 また一晩中眠れなかったせいで、頭の中がひどく朦朧としている。

 それでも俺は自分自身を急かすかの様にして、早朝のジョギングへと出掛けたんだ。

 いつ以来になるんだろう。
 俺は下駄箱の奥に忘れ去られていたランニングシューズを取出し、そしてまだ朝焼けの鮮やかさが空に残る外にへと飛び出した。
 とりあえず何でもいい。体を動かしたかったんだ。

 肺で温められた空気は、呼吸として口から吐き出された瞬間に白い霧へと変化する。
 さすがに年の瀬も迫ったこの季節の朝は寒い。息の白さからも視覚的に否応なく気温の低さを実感してしまう。
 それに出不精ぐせが染みついてしまった為か、寒さに対して極端に弱くなっているんだろう。
 瞬く間に俺の心が言い訳がましい弱音を吐き出し始めたんだ。

 寒過ぎる。それに息も苦しい。まして体は昨夜の暴行でボロボロなんだ。
 骨はきしむし、筋肉は引き裂かれるほどに悲痛さを轟かせている。
 それなのに何で俺は走っているんだ。何を理由として俺は走り出したんだって具合にね。

 家を出発してからまだ1キロも進んでいない。
 それなのに俺は足を止める為の理由を懸命に模索し続けた。

 もう止めよう。次の信号まで行ったら止まろう。そう自分自身に訴えかけたんだ。
 いつもの軟弱過ぎる俺の心の脆さが、悲鳴とも言うべき弱音を垂れ流しにしたんだよ。

 でもなぜだろうか。俺は走る事を止めなかったんだ。
 ボロボロになった体を引きずる様にしてまで、俺は前へと足を踏み出して行ったんだよ。

 もう、うずくまるだけの生活から抜け出そう。未来に向かって新しい人生をチャレンジしよう。

 そんな前向きかつ積極的な綺麗事を言うつもりはない。だって理屈じゃ説明なんて出来やしないんだからね。
 何となく気持ちが高揚し、前へと足を駆り立てたくなる。まるで動物的な感覚。そんな本能的な何かに俺の胸の内は熱く滾っていたんだ。だからこそ、俺は走る事を途中で止められなかったんだよ。

 およそ5キロを走り続けた俺は、自宅まであと少しという所まで来ていた。

 ただその時の俺の姿はもう、見るも無残なほどに居た堪れないものだったんだろうね。
 何かに憑り付かれたのではないかと疑われてもおかしくない。それほどまでに俺は極限を超えた息苦しさに悶え苦しみながら走っていたんだよ。
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